マイケルの娘、パリス・ジャクソンが沈黙を破る:父の死、自殺未遂などを初告白

By BRIAN HIATT
パリスが沈黙を破り、今まで語られることのなかった真実を明かす David LaChapelle for Rolling Stone. Styling by Brett Alan Nelson at TheOnly .Agency. Shirt by Michael Bush, necklace by Stefere, earring by K. Brunini, gloves by Majesty Black, choker by Posers Hollywood. Makeup by Jo Baker

近くの寿司レストランに出かけながら、パリスはネバーランドでの暮らしについて語ってくれた。彼女は7歳まであのアミューズメントパークと動物園、そして映画館つきの広大な夢の国に住んでいた("子どもの時にできなかったことのすべて"とマイケルはこの場所を呼んでいた)。当時は、彼女はまだ自分の父がスーパースターであることはおろか、父の名前がマイケルだったことすら知らなかった。「父の名前はただ"パパ"だと思っていたわ」と彼女は語る。「彼が誰であるか、本当に知らなかった。でも父は、私の世界そのものだった。そして私たちも、父にとって世界そのものだったのよ」(ちなみに彼女は、ヴィゴ・モーテンセンが子どもたちのために理想の隠れ家を作ろうとする風変わりな父親を演じた2016年米公開の『はじまりへの旅』を"今までで最高の映画"だと言っていた)。


パリス、父と共に。2001年(Courtesy of Paris Jackson)

「いつでも好きなときにドライブに行ける、というような環境ではなかったわ」とエンシノの屋敷近くの暗い道端を歩きながら彼女は回想する。彼女は歩道と車線の間に引かれた境界線に沿って歩くのが好きなため、車が彼女のすぐ横を通り抜けていく。ボーイフレンドはそのことにいつもイライラするというし、私にとっても気分のいいものではない。「けっこう普通の生活を送ってたんだから。毎日学校に行って、よい子にしてなくちゃいけなかったし。もしよい子でいられたら、2週間に1度とかそのくらい、映画館とか動物園とか、好きなところに連れて行ってもらえた。でももしよい子にしていなかったら、どこにも行けないの」。

2011年に出版された回顧録で、マイケルの兄ジャーメインはマイケルについて「父親とはどうあるべきかということの模範だった。彼は私たちの母親が注いでくれた愛を心に刻み込み、そして私たちの父親が与えることのできなかった(それは彼自身の責任ではないが)父親としての愛を、子どもたちに与えていた。マイケルは父と母のそれぞれの役割を一人でできるような存在だった」と書いている。

マイケルは子どもたちに普通の学校に行く選択肢も与えていた。自宅学習を選んだのは子どもたち自身だ。「家にいると時々ね、私が誰よりも愛している父が勉強中に入ってきて、"いいよ、もう今日は勉強は終わりだ"と言って、それから私たちは父と遊ぶの。私たちは"友だちなんかいらない。パパがいて、ディズニー・チャンネルがあるんだもの!"と思ってた。彼女自身も、その点について「すごく変な子どもよね」と自覚していた。

彼女がソウルフードの作り方を学ぶとき、そこにいたのはほとんど場合父だった。「父は素晴らしいコックだったの。父のフライドチキンは世界一よ。あと、さつまいもパイの作り方を教えてくれたわ」。キャサリーンおばあさんの感謝祭のために4つのパイを焼き、傍らでガンボも作りながらパリスはそう言った。ちなみにこの感謝祭はキャサリーンのエホバの証人の信仰のため、実際には感謝祭の日の前日に行われた。

マイケルは自分が受け入れられるジャンルである限り、パリスをあらゆる音楽に触れさせた。「父がヴァン・ヘイレンと仕事をしていたから、私もヴァン・ヘイレンにハマった」と彼女は語る。「父がスラッシュと仕事をしたら、ガンズ・アンド・ローゼズを聞いた。チャイコフスキー、ドビュッシー、アース・ウィンド・アンド・ファイアー、ザ・テンプテーションズ、2パック、ランDMCも父が教えてくれたの」。
Translation by Yu Sekine

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