レスリング界の名実況ジム・ロスが語る、アメリカ向け新日本プロレス番組での復帰

By Kenny Herzog
レスリング界の名実況ジム・ロスは語り続ける
アメリカで放送される新日本プロレスのレッスルキングダム11で実況を担当するジム・ロス。WWEアティテュード時代の名実況アナウンサーは昔を振り返りながらも前向きだ。

オクラホマ州ウェストビルにあるジム・ロスの実家は牛の牧場で、幼い頃は友人達が彼の自宅を訪ねて遊ぶようになるまで時間がかかった。ロスが小学4年生になるまで、来訪者は家の外で用を足さねばならなかったからだ。「私の自宅は乳牛舎を改築した家だった」と語るロスは65歳。電話越しに色々な事を話してくれたその声は独特の高さがあり力強かったが、AXS TVの新日本プロレス再放送番組で担当するボイスオーバー実況の時や、CBSスポーツのボクシング生中継で聴ける声よりも落ち着いていた。

 「自宅の間取りは父の寝室、私の寝室、そしてキッチンとリビング。子どもの頃は友達が私の家に来たがらないのを不思議に思っていたが、その答えは間取りにあった。家の中にトイレがなかったからだ」

決して幼少期に苦労したと強調しているわけではない。160エーカー(約0.65平方キロメートル。ちなみに東京ドームの広さは0.047平方キロメートル)の敷地の真ん中に建てられた、家の中にトイレを持たない家庭の一人っ子として育ったと言っているだけだ。彼は当時の自分を「創意工夫するしかなかった。青春時代を楽しく過ごすために、自分から楽しみを見つけなければならなかった」と説明した。

そんなロス家でも、ラジオとテレビは持っていた。ロスはプロレスリング番組でレスラーが織りなす技に目を奪われながら、名実況アナウンサーのハリー・ケリーが伝えるセントルイス・カージナルスのゲームのラジオ中継を聞き入っていた。ロスいわく「プロレスリング番組とラジオの野球実況が私の子守役だった」そうだ。それから20年後、彼は話術の才能とプロレスリングへの情熱を携えて人生の進路を決定した。そしてWWEで殿堂入りするほどのキャリアを残したロスは、その後AXSが放送する新日本プロレス番組の実況でスポーツ・エンターテイメント界に戻ってきてファンを驚かせた。そして2017年1月に放送されるレッスルキングダム11で3度目の実況を務める。新日本プロレスの番組はその後も3週放送される予定だ。

「語りの才能は両親の祖父から授かったと思う。2人とも素晴らしい語り部だった」こう語ったロスだが、彼が田舎で過ごした1950年代の青春時代を振り返りながら、今では時代遅れになった当時の流行り言葉を選んで話したことをわざわざ詫てくれた。「当時、お金に余裕がない人々は一緒に集ってお話し会を楽しんだ。私の家族は外で映画やディナーを楽しむ余裕がなかったので、友人の家に食べ物を持ち寄り、トランプ遊びや読書、それからおしゃべりをして楽しんだ。私の語りの才能は、こうした環境で育った時期に養われたのだと思う」

ロスは両親についても楽しそうに話してくれた。堅実に支え合いながらロスの青春期を支えた両親は彼に勤勉さも教えた。少年時代のロスにはレスリング番組を見る時間が許されたが、そのために条件が課せられた。「毎週、番組を見るために、優秀な成績を取り続けながら、決められた時間までに家の雑用を終わらせなければならなかった」のだそうだ。
Translation by Mie Arimoto

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