ポール・マッカートニー、60年の音楽人生を振り返る|ロングインタヴュー(前編)

By DAVID FRICKE 2017/月号 P60〜65 |
2016年7月、ロング・アイランドにて(Max Vadukul)
74歳にして精力的にツアーをこなし、チャートをいまだに気にするポール・マッカートニー。たぐいまれな60年の音楽人生を振り返ってくれた。

ポール・マッカートニーは若き日のメロディを思い出そうと、ロンドンのオフィスでアコースティックギターをかき鳴らしながら口ずさんでいる。まだリヴァプールでビートルズを始める前に、10代当時の友人ジョン・レノンと一緒に書いた未録音の曲の一つだ。「こんな感じだった」とマッカートニーは言うとギターでロカビリーのリズムを刻み、おなじみの張りのある声で歌う。「ボクらの愛なんてほんのお遊びだって言われた/ボクらの友情が始まった日に/ブルームーンなんて見えない/見えたためしがない/だってボクらの愛なんてほんのお遊びだったから」

「『ほんのお遊び(Just Fun)』さ」。マッカートニーは誇らしげにタイトルを明かす。「学校のノートにこういう歌詞を書き込んでいたんだ。ページの右上に"レノン=マッカートニー・オリジナル"と入れた。そんな地味な始まりだった。そこから積み上げていったのさ」

遠い昔の特別な思い出だが、現在74歳のマッカートニーは全米アリーナツアー中。まだまだ第一線を離れていない。


2016年5月、『ワン・オン・ワン』ツアーで訪れたパリでのステージ(David Wolff - Patrick/Redferns)

2回のロングインタヴュー(1回目はロンドン、2回目は1週間後にフィラデルフィアでのライヴ前の楽屋で実施)の間、マッカートニーはよく急に曲をやり始めた。ティーン時代の別の曲のコードを弾き、レイ・チャールズの『ホワッド・アイ・セイ』を少しだけ歌い、若かりし頃のミック・ジャガーの物まねをした。ザ・ビートルズがまだハンブルクの酒場で演奏していた時代、ジーン・ヴィンセントのナンバーを歌っていたレノンのまねまでしてくれた。

「ボクにとってはいつも魅力的なんだ。人前に立ってパフォーマンスすることは」とマッカートニーはフィラデルフィアで語った。「始めた頃から考えていたよ。自分に正直でありながら、みんなに気に入ってもらうにはどうすれば一番いいか、ってことをね」。この日はダークブルーの半袖シャツにジーンズという出で立ちで、裸足の両足をコーヒーテーブルの上に放り出している。楽屋として使っているトレーラーにはドア代わりにカーテンがつけられ、訪問者は入口付近のテーブルに置かれた赤いカウベルを鳴らす。マッカートニーいわく、「だってカーテンにノックできないだろ?」
Translation by Takamune Murase

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