レジェンド・レスラー"スーパーフライ"ジミー・スヌーカ、73歳で逝去

By Jason Diamond
73歳で逝去した"スーパーフライ"ジミー・スヌーカ(Photo by Astrid Stawiarz/Getty Images)
80年代初期のプロレス界のビッグネーム、"スーパーフライ"ジミー・スヌーカが、末期がんとの戦いの末に73歳で死す。

ヴィンス・マクマホン率いるWWE(当時WWF)で、ハルク・ホーガン、"マッチョマン"ランディ・サヴェージ、アンドレ・ザ・ジャイアントといったアイコンたちと並んで名を成したフィジー生まれの空中殺法プロレスラー、"スーパーフライ"ジミー・スヌーカが、73歳で逝去した。

つい先月には、かつての恋人、ナンシー・アルジェンティーノさんの1983年の死亡事件に関して、スヌーカに対する起訴が取り下げられたばかりだった。スヌーカの死は、スヌーカの娘で、自身もWWEスーパースターでもあるタミア・スヌーカがインスタグラムで明かしたものだ。

スヌーカ(本名ジェームス・ワイリー・スミス)は、その世代の多くのプロレスラー同様、まずは60年代のアマチュア・ボディビルディングで台頭、その後さらに稼げる仕事としてプロレスに転向した。ハワイでデビューした後、70年代初頭にはパシフィック・ノースウェスト・レスリングに出場、1973年には自身初のヘヴィー級のチャンピオンベルトを獲得する(スヌーカは生涯に6本のベルトを獲得した)。スヌーカは70年代をNWA(ナショナル・レスリング・アライアンス)のさまざまなテリトリーで過ごし、後にWWEホールオブフェイマーになる若き日のスター選手たち、ジェシー・"ザ・ボディ"・ヴェンチュラ、グレッグ・"ザ・ハンマー"・ヴァレンタイン、ジャックとジェリーのブリスコ兄弟らと対戦した。

スヌーカがマクマホンの団体WWFにヒール(悪役)として移籍したのは1982年のことだった。スヌーカはそこで、チャンピオンのボブ・バックランドとの印象的な抗争を開始する。スヌーカが金網の上から"スーパーフライ・スプラッシュ"(フライング・ボディプレス)を試みるも、すんでのところでバックランドがこれをかわすというシーンが強く記憶に残る。




スヌーカは、いまではWWEの"黄金時代"と呼ばれる、ハルク・ホーガン以前の時代のWWE最大のスターの1人だった。スヌーカのキャリアだけでなく、おそらくプロレスの歴史上で最も印象的なシーンとなったのは、スヌーカが善玉に転向した後、"ラウディ"・ロディ・パイパーのトークコーナー、"パイパーズ・ピット"の中で半殺しにされたエピソードであろう。
Translation by Tetsuya Takahashi

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