『ローグ・ワン』が『フォースの覚醒』よりも評価されるべき理由

By Sean T Collins
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反対に『ローグ・ワン』は異色の作品だ。雪も森もない。砂は多少出てくるが、高層ビルが立ち並ぶコルサントの都市以来の活気ある街として登場したジェダの周辺に広がる景色に過ぎない。この作品の前編に登場するコルサントの高層ビルが立ち並ぶ都市部以来の 手に汗握る空中戦も「やった!」と叫びたくなる脱出劇もない - この映画ではキャラクターの死が脱出を意味する。触手のモンスターは現れるが、人食い植物としてではなく、「高度な尋問」の手法として用いられている。最後の航空隊同士の戦いは、超強力兵器を破壊するためではなく、当該の兵器を破壊するメソッドを保管場所からこっそりと持ち出し、必要な時が来るまで取っておくために敵の攻撃を阻止することが目的だ。何よりも大事なポイントは、主要な新しいキャラクターは、フォースに守られている側かダークサイドに仕える側かに関係なく、全員未来を左右する人物ではない・・・なぜなら、文字通り誰一人として映画の最後まで生き残ることはできないからだ。生存、そして、ハッピーエンディングに関して言えば、この映画のおかげで帝国がジェダイのように見えてしまう。『ローグ・ワン』はその他のスター・ウォーズ映画がやらなかったことを実施しているのである。スカイウォーカー家、その友、そして、敵が銀河の運命の鍵を握るため、犠牲を払った者達の人生と死を描いている。

ただし、これが必ずしも名作を作り出すレシピと言えるわけではない。『ローグ・ワン』を初めて観てから数日が経過するが、スター・ウォーズの枠組みにおけるイノベーションを行う今回の試みが、100%成功したと断言することは難しい。従来のアクションの順番を乱した試みは意図的であったかもしれないが、浮き沈みの分かりやすさは、反乱による殺戮の応酬においてはハマった可能性があった。公開済みの過去の6作品で登場していた色鮮やかな景色は、泥、埃、そして、降りしきる雨を数時間見た後はポジティブに受け止められていた可能性があった(ただし、フィナーレのトロピカルなビーチの設定は、薄暗い場面が多いため際立って目立っていた)。主要なキャラクターが全員死んでしまうストーリーもどうかと思う。スター・ウォーズ・シリーズ以外の過去の映画でこの試みを行った作品は存在しない。『特攻大作戦』や『プライベートライアン』を含む戦争映画も、『荒野の七人』を含む西部劇も、あるいは、『遊星からの物体X』や『プレデター』などのサイエンス・フィクション/ホラーの名作も登場人物が全員死ぬ展開は採用していない。この荒涼感をルーカスフィルムの輝かしいテンプレートに詰め込もうとする試み自体が無駄足だったのかもしれない。

しかし、映画界にとって初めての試みであり、その事実こそが重要なのだ。『フォースの覚醒』は実証済みの公式に現代的な艶を加えただけで満足しているが、『ローグ・ワン』は新しいことに挑戦している。『フォースの覚醒』は懐かしさをチケットの代わり、そして、 ファンサービスを見てもらうための強制的な要素として使っている。一方、スター・ウォーズ・シリーズにとっては主要な作品ではないものの『ローグ・ワン』はこの2つの要素を反復的なテーマとして、全体的なストーリーの接着剤として利用しているが、また、ある大事なメッセージを伝えるためにも用いている。それが大昔に起きたものであれ、AT-ATが投入されるものであれ、戦争は地獄だ。結果を知っているからこそ、その代償も理解している。『フォースの覚醒』はギリシャ悲劇の神話をベースとしているが、『ローグ・ワン』は人間味のあるストーリーを目指している。CGIのターキン提督がどれだけ投入されているかに関係なく、『ローグ・ワン』の野心には敬意を表する価値がある。



Translation by Kensaku Onishi

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