ボウイの傑作『ハンキー・ドリー』を生んだアメリカツアー裏話

By ANDY GREENE
1971年、ロサンゼルスにて。(Photo by Earl Leaf/Michael Ochs Archives/Getty Images)
アーティストとしての転機となったアルバム『ハンキー・ドリー』の土台となったアメリカツアーは、1971年に行われた。「僕を温かく迎えてくれたアメリカに対する思いに改めて気付き、それを曲に託したんだ」アルバムへの思いをボウイは語った。

1970年、歌手としての成功をつかもうと6年間頑張ったデヴィッド・ボウイが、アルバム『ハンキー・ドリー』に収める曲を作り始めた時、誇れる実績はほとんどなかった。デビュー以降アルバムを3枚出していたが売れず、レコード会社との契約もなかった。こうしてボウイは1971年、3週間のアメリカツアーに旅立つことになる。このツアーがボウイの世界観を広げ、アーティストとして初めて世に認められたアルバムのヒントを得ることになる。「僕を温かく迎えてくれたアメリカに対する思いに改めて気付き、それをこのアルバムのすべての曲に託したんだ」と、ボウイは1991年に語っている。「曲作りや考え方まで、100パーセント僕を変えた、初めての海外経験だった。」

ワシントンD.C.からカリフォルニアまでバスで移動したボウイは、アメリカに心酔し、アメリカを代表するアーティストたちに捧げる曲を作った。『Andy Warhol/アンディ・ウォーホル』、『Song For Bob Dylan/ボブ・ディランに捧げる歌』、ルー・リードの影響を受けた『Queen Bitch/クイーン・ビッチ』などだ。当時アメリカのランキングを独占していたジェイムス・テイラーとキャット・スティーヴンスのようなフォーク分野のシンガーソングライターにもインスパイアされた。そして「ミッキーマウスは成長して牛になった」などという奇妙な歌詞の曲を、極めてアコースティックなメロディーで歌っている。

「ハンキー・ドリーの曲を練習していた時、デヴィッドは、ロンドンにあるフォーク音楽のライブハウスで、50人くらいの客を相手に演奏してたよ」と、『ハンキー・ドリー』でベースを担当したトレヴァー・ボルダーは語った。ボルダーはこの後のアルバム『Ziggy Stardust/ジギー・スターダスト』、『Aladdin Sane/アラジン・セイン』にも参加している。「あの時ボウイは長髪にしていて、フォークのミュージシャンみたいだった。」
Translation by Kyoko Kawamae

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