5位 フランク・オーシャン『ブロンド』
(原題:Frank Ocean, ‘Blonde’)


『チャンネル・オレンジ』から4年、満を持して発表された本作は繊細であり大胆だ。すっかり影を潜めたドラムの代わりに、揺らめくようなギターとたゆたうキーボードが優しく耳を刺激する。誰かのヘッドフォンから漏れてくる音を聞いているような、どこか非現実的で静謐な楽曲の数々に彩られた本作は、幼少期の思い出、誰かを愛する思い、アシッドがもたらしためまい、愛車のジャガー等、彼にとってかけがえのない思い出が詰まった宝箱のようだ。本作が浮かび上がらせるのは、いつか必ず手放すことになると知っていながらも、(音楽的、感情的、そして性的な)自由を追い求める彼の姿だ。ビートルズの『ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア』が元になった『ホワイト・フェラーリ』では、10代の頃の無邪気なドライブ、あるいはドラッグまみれのホリデイの思い出を鮮やかに蘇らせてみせる。スペース・ロックから教会音楽、トレイヴォンに寄せる思い、そしてリスナーを誘惑するかのようなセックスの妄想まで、本作から一貫した流れが意図的に排除されているのは、そうすることで生まれるスペースに聴き手を引き込むためだ。J.L.

4位 カー・シート・ヘッドレスト『ティーンズ・オブ・ディナイアル』
(原題:Car Seat Headrest, ’Teens of Denial’)


うずまくようなリフ、洞察とスローガンとジョークに満ちたリリックが渾然一体となって響き渡る本作は、2016年で最もパワフルなギターアルバムだ。「ツレがドラッグを必要としているように、ドラッグもツレを必要としている」限界に挑むかのようにマジックマッシュルームを食べ続けた経験を歌ったトラックで、ウィル・トレドは何度もそのフレーズを繰り返してみせる。主人公がアシッドトリップの果てに手にするもの、それはベッドインを夢見ていた女の子からの憐れみと、現実逃避のための無数のドラッグだ。それでいて、そのサウンドは少しも悲壮感を漂わせていない。ニルヴァーナが静謐さと激しさを同居させたように、カー・シート・ヘッドレストは親密でありながら豪快なサウンドを鳴らしてみせる。J.L.

3位 チャンス・ザ・ラッパー『カラーリング・ブック』 
(原題:Chance the Rapper, ’Coloring Book’)


本年度最高のヒップホップアルバムが描くヴィジョンは、ピンク色に染まったジャケットの空のように色鮮やかだ。先進的な政治思想と高揚感を融合させたチャンス・ザ・ラッパーによるミックステープ3作目は、過酷な現代社会の中で人生を謳歌する人々に捧げたサウンドトラックだ。ポジティブで喜びに満ちたゴスペルのコーラスは、彼が抱く希望、恐れ、恵みへの思いをスピリチュアルなカラーに染め上げてみせる。「何の見返りも求めず音楽を作ってるわけじゃない 僕の音楽は自由のためにある」『ブレッシングス』で彼はそうラップする。チャンスの音楽的野心が見事に結実した本作は、オールドスクールなラップの美学と型にはまらない斬新なメロディに満ちている。シカゴから世界に向けて放たれた、中毒的なまでに耳に残るその曲群が描くのは、信仰心、危機に瀕する地元への思い、誕生したばかりの娘、そして世界一有名なレコード契約を持たないアーティストならではの葛藤だ。戦わずして勝者となった彼は、手にした途方もない成功についてこうラップしてみせる。「またレコード会社の人間がやってきた ロビーで一際目立つドレッドヘアのニガー」C.W.

2位 デヴィッド・ボウイ『ブラックスター』
(原題:David Bowie, ‘Blackstar’)


かつて自身を『クラックド・アクター』と呼んだデヴィッド・ボウイは、キャリア史上最も勇敢で大胆な『ブラックスター』をもって、その生涯に幕を下ろした。69歳の誕生日に発表された、この思いがけないマスターピースが世界中を席巻したわずか数日後に、ボウイは人知れずこの世を去った。発表から約1年が過ぎた現在でも、『ブラックスター』が放つミステリアスな輝きは少しも色あせていない。ジャジーなスペース・バラード『ラザルス』から、10分に及ぶ壮大なタイトル曲まで、本作はボウイのディスコグラフィーにおいて最も野心的な作品のひとつとなった(プロデューサーのトニー・ビスコンティ曰く、晩年のボウイはケンドリック・ラマーやディアンジェロにインスパイアされていたという)。この世を去ることに対する思いが呼び起こす苦悩や悲しみと正面から向き合った『ブラックスター』に、ボウイの死は残酷なまでの輝きをもたらした。スターマンが残した最後のメッセージ『アイ・キャント・ギヴ・エヴリシング・アウェイ』は、『ヒーローズ』に引けを取らないほどエモーショナルに響き渡る。50年にわたってロックの歴史を刷新し続けたデヴィッド・ボウイは、最後の瞬間まで挑戦をやめなかった。『ブラックスター』はこの世に生きる全ての人々をインスパイアし、我々の魂を揺さぶり続ける。R.S.

1位 ビヨンセ『レモネード』
(原題:Beyoncé, ‘Lemonade’)


「稲妻が近づいてる」そう歌った彼女が起こしたのは雷鳴をもかき消す嵐だった。愛、怒り、裏切りといった、2016年のアメリカに生きる全ての人々が向き合った感情を、ビヨンセは魂に火を灯すかのようなこのマスターピースで描ききってみせた。ポップス界のクイーンが完成させた本年度最高のアルバムは(今作がなければ、その座は疑いなくデヴィッド・ボウイに渡ったはずだ)、あらゆるジャンルを飲み込んだ壮大な音楽の一大絵巻であると同時に、多くの命が失われ続ける今日のアメリカに対する彼女のマニフェストでもある。HBOで彼女の特番が放送された土曜の夜に突如発表された『レモネード』は、『ダディー・レッスンズ』のようなカントリー調のトラックから、ブルースとメタルを融合させたかのような『ドント・ハート・ユアセルフ』、煌びやかなポストパンクとダンスホールのフュージョン『ホールド・アップ』、男性優位社会に中指を突き立てるフェミニスト・ヒップホップ『ソーリー』まで、まるでアメリカの音楽史を総括するような内容となっている。不確かな答えにたどり着く『オール・ナイト』にさえも共通する、このアルバムに一貫して漂う痛みは、大統領選後にこの国を覆ったムードを代弁していた。守ってくれていると信じていた恋人に(あるいは母国に)裏切られる思いと、嘘で塗り固められた壁を破壊しようとする衝動を、ビヨンセは高らかに歌い上げてみせる。それがジェイ・Zに向けられたものかどうかは謎のままだが、皮肉にも彼女の思いは現代のアメリカに生きるすべての人々が抱える思いと重なり合った。彼女の圧倒的な才能が生み出した今作は、この国が抱える歪みを照らし出す一筋の光だ。灰は灰に、粉塵は浮気相手に。突き進み続ける彼女は誰にも止められない。R.S.



Translation by Masaaki Yoshida

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