1991年のWWEサバイバー・シリーズはアメリカのプロレスをどう変えたのか

By Chris Illuminati
プロレス界と二人のレスラーのキャリアを変えた1991年WWEサバイバー・シリーズを振り返る

1990年11月、WWE・スーパースターズの収録でデビューを果たし、ケイン・ジ・アンダーテイカーの名で表舞台に立った。3日後の1990年のサバイバー・シリーズで、テッド・デビアス率いるミリオンダラー・チームのミステリアスなメンバーとして参加した。そして、名前からケインを取り去った。デビューからわずか一年後で、アンダーテイカーはアイコン的レスラーであるホーガンから初のタイトルを勝ち取ったのだ。

 不死身とも呼ばれたホーガンとの激しい応戦の中で、リック・フレアーの妨害とパイプ椅子へのツームストーン・パイルドライバーにより、アンダーテイカーの王座奪取が果たされた。17,000人を超える観客が呆然と、まるで死者がリングサイドでベルトを手にしているかのごとく静まり返った。そして、アンダーテイカーはWWF史上最年少の世界ヘビー級王者となった。(のちにこの記録はヨコズナにより破られることになる。)

続く対戦カードは、4対4形式のザ・ナスティ・ボーイズ(ブライアン・ノッブスとジェリー・サッグス)とビバリーブラザーズ(ボウ・ビバリーとブレイク・ビバリー)のチームが、ロッカーズとザ・ブッシュウォッカーズ(ブッチ・ミラーとルーク・ウィリアムス)との対戦だ。マイケルズとジャネッティは団結したタッグチームとして戦った。だがその後、ジャネッティが偶然、ナスティ・ボーイズに入れたキックがマイケルズにはいり、マイケルズが外に追いやられた。明らかに怒り狂ったマイケルズは、強制的にリングサイドを去ることとなり、仲間割れが起こったように見えた。

そして、この対戦がロッカーズ解消のきっかけとなり、マイケルズは新たなスタートを迎えることとなる。

この大会がもたらした影響

ブルータス・ビーフケーキのインタヴューコーナー『ザ・バーバーショップ』において、ロッカーズの二人は顔を突き合わることとなり、互いへの怒りが映された。一旦は、意見の相違を乗り越え和解したかに見えたが、その後マイケルズがジャネッティ―に対し一撃をくらわせ、呆然としたパートナーを窓にたたきつけた。ジャネッティはコンクリートの上に流血し倒れ、マイケルズは二人のチーム時代の写真を切り裂いたのだ。マイケルズが白人のベビーフェイスからヒールへの転換を遂げた瞬間だ。



『バーバーショップ』によって、マイケルズはその後のキャリアをいち早くスタートさせることができ、インターコンチネンタル王座へに続く道への後押しにもなった。長年にわたる友達カート・ヘニングの勧めもあり、マイケルズは新たなニックネーム「ハートブレイク・キッド」を名乗り、自信過剰の気取ったヒールであることを世間に印象付けた。ライヴイベントでのマイケルズの試合後には、いつも「ショーン・マイケルズが会場を後にします」というアナウンスが流れ、「悪者が会場から去った」というフレーズに会場の皆が沸いた。

前パートナーだった二人は、チームを解消後は敵対することになっていた。しかしジャネッティはフロリダのナイトクラブ近くでの乱闘騒ぎにより、コンビ解消後の初戦を前に、一線から離脱した。公務執行妨害や、コカイン所持、そして麻薬道具所持などで、取り調べを受けることとなる。
Translation by Ayako Hayashi

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