没後25年、フレディ・マーキュリー列伝:知られざる10の真実

By JORDAN RUNTAGH
(Photo by Dave Hogan/Hulton Archive/Getty Images)

そう、それで正解だったのだ。『愛という名の欲望』は、その秋にニューアルバムが発売される前、シングルとして先行リリースされたが、世界中で売上1位を獲得した。「まだ製作途中だったんだ。完成までまだ随分あった。ミュンヘンに飲みに出掛けたんだ。そしたら誰かが、『アメリカで1位を取ったぞ』って言ったんだ。だから『イェア!もっと酒持ってこい!』ってなったよ」と、テイラーは『Days of Our Lives』の中で語った。

7.ダイアナ妃にゲイの格好をさせ、お忍びでゲイクラブへ

80年代半ば、クイーンの名声により、マーキュリーは皇室に縁を持つようにさえなった。レディ・ダイアナ・スペンサー、後のダイアナ妃とも友人関係にあった。その名も『国民に愛されたお姫様(People’s Princess)』の落ち着いた行動は国民から慕われたが、止まぬマスコミの報道合戦は若いダイアナ妃にとって大きなストレスだった。そこでマーキュリーは、ダイアナ妃を夜遊びに連れ出そうと企んだ。

2013年に発表された、女優クレオ・ロコスの回顧録によると、ダイアナ妃とマーキュリーはある日の午後、コメディアンのケニー・エヴェレットの家でシャンパンを飲みながら過ごした。音量を下げて『The Golden Girls(ゴールデン・ガールズ)』の再放送を見ながら、『もっと激しいストーリー』に仕立て直し、即興で演じていたという。ダイアナ妃が全員にその夜の予定をたずねたところ、マーキュリーはロンドンで有名なゲイクラブ『ロイヤル・ ボクソール・タバーン(Royal Vauxhall Tavern)』に行くと答えた。するとダイアナ妃は、自分も一緒に行きたい、普段のうっぷんを晴らしたいと言い出した。

ロイヤル・ ボクソール・タバーンは大人気でいつも混みあっていることで知られ、常連客同士の喧嘩がたびたび起こることでも有名だ。まずもってプリンセスが訪れるような場所ではない。「『もし喧嘩に巻き込まれて新聞沙汰になったらどうするの!』と引き留めたの。でもダイアナは、『激しいストーリー』モードに入ってしまっていたので、フレディが言ったの『行こう!女の子だって楽しまなくちゃ(‘let the girl have some fun’)』」。

この計画が成功するか否かは、変装にかかっていた。エヴェレットが自分の衣装から選び出し、提供した。黒いアーミージャケット、ティアドロップ型のサングラス、髪を隠すために革製の帽子も。「薄明りの中でよくチェックしたわ。そして当世で最も有名なこのお方は、もしかして、もしかすると、変な話だけど、むしろゲイの男性モデルに見えるかもしれないって結論に達したの」と、ロコスは語る

彼らは、ダイアナ妃をどうにかゲイクラブに忍び込ませた。居合わせた大勢の客は、マーキュリー、エヴェレット、ロコスに視線を向け、ダイアナ妃にはまったく気付かなかったので、妃は自分で酒をオーダーできたという。「革製の衣装を身に着けた大群を掻き分けてやっとバーカウンターにたどり着いたの。私たちは学校のいたずらっ子のように肘をつつき合ったわ。ダイアナとフレディはクスクス笑ってた。ダイアナは白ワインとビールを注文してたわ。ダイアナが注文して普通に飲み物が出てくると、私たちは全員で視線を交わし、この冒険が大成功を収めていることを一緒に喜んだ。やったね!って」。

しかし彼らは羽目を外すことなく、たった20分の滞在で店を後にした。しかし、有名人の重荷から束の間でも解放されたことは、ダイアナ妃にとって貴重な経験だった。ケンジントン宮殿に妃を送る道のりで、「絶対またやらなきゃ!」とはしゃいでいたという。

その後、90年代初めに、マーキュリーとエヴェレットはエイズ関連の病気で死去、ダイアナ妃は英国最大級のエイズ撲滅支援団体、ナショナル・エイズ・トラストの後援者となった。2016年、ダイアナ妃のロイヤル・ ボクソール・タバーン潜入作戦はミュージカルになり、劇場で上演されている。
Translation by Kyoko Kawamae

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