没後25年、フレディ・マーキュリー列伝:知られざる10の真実

By JORDAN RUNTAGH
(Photo by Dave Hogan/Hulton Archive/Getty Images)

結果、3人は実力を評価され、レコードを売り出すようケーブルから勧められた。マーキュリーは賛成したが、クイーンとしてのデビューが迫っていたため、紛らわしいことは避けようという理由から別名を名乗ることになった。そして『ラリー・ルレックス(Larry Lurex)』という奇妙な名前をつけた。当時、イギリスの音楽ランキング上位にいた、ゲイリー・グリッターをもじったもので「個人的なジョーク」だったと認めている。姓のルレックス(Lurex)とは、ラメ用の金属繊維のメーカー名で、グラムロック界のスターだったグリッターが好んで着たボディスーツに使われていた。



グリッター(この数十年後には性犯罪で投獄されてしまうのだが)は当時の大人気スターであり、マーキュリーの横槍に良い反応を示す者はなかった。腹いせから誰もレコードを買わず、DJも曲をかけることはなかった。6月の終わりに売り出されたが、最初で最後のラリー・ルレックス名義のレコードは撃沈した。クイーンの最初のアルバムはこの1週間後に発売となったが、そちらは上々の仕上がりとなった。

マーキュリーは、クイーンの活動にパワーを注ぎ続けたが、ラリー・ルレックスが失敗した本質的な問題に腹を立てていた。「あれはいい出来だったよ!みんな気付いた方がいい。自分の曲がカバーされるなんて、アーティストにとって一番の名誉だろ?お世辞みたいなものだよ。冗談にすぎない。いや、あれの何が問題なんだ?エルヴィス・プレスリーが出てからは、みんなプレスリーのパロディじゃないか?」と、話している。

この失敗のせいでマーキュリーとケーブルの関係が悪化するようなことはなかった。翌年行われたクイーンのセカンドアルバム『クイーンⅡ』のレコーディングにおいて、マーキュリーは収録曲『ファニー・ハウ・ラヴ・イズ(Funny How Love is)』のウォール・オブ・サウンド・システムの再構築を、ケーブルに任せた。

2.クイーンの『紋章』をデザイン、多彩なフレディ・マーキュリー

フレディ・マーキュリーがバンド名を発案したのだから、紋章をデザインしたのが彼だとしても、意外なことではない。

バンド名候補リストには『Build Your Own Boat』『Grand Dance』『the Rich Kids』などが挙がっていたが、マーキュリーの構想にしっくりくるものはなかった。「クイーンのコンセプトは、威厳と風格だ」と、英音楽誌メロディ・メイカーに対し述べている。「ダンディで、インパクトがあり、奇抜な存在になりたい」。クイーンはその期待どおりになった。

バンド名以外にも、あの特徴的なロゴ、マーキュリーが言うところの‘紋章’も、フレディが考案したものだ。ピート・タウンゼントやロン・ウッドも通ったロンドンのイーリング・アート・カレッジで美術の才能を伸ばしたマーキュリーは、デビュー作品のジャケットに使用するため、紋章のデザインを考え始めた。メンバー4人それぞれの星座が描かれている。2匹のライオンはしし座のジョン・デーコンとロジャー・テイラー、蟹は、かに座のブライアン・メイ、マーキュリーは厚かましくも、おとめ座を表現した2匹の妖精としてデザインされている。大きな不死鳥が、希望と再生の象徴としてそれらの絵を囲んでいる。マーキュリーの母校、セント・ピーターズ・スクールの紋章を参考にしたものだ。そして当然ながら、中央に位置する王冠の真ん中には優美な『Q』の文字が配置されている。
Translation by Kyoko Kawamae

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