ビートルズ『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』:レアなデモ・テイクを通じて名作を振り返る

By Colin Fleming
ジョン・レノンがポータブルレコーダーに録音したデモテープから、最終的にジョージ・マーティンの手で壮麗な曲に仕上げられた。 Michael Ochs Archives/Getty
ジョン・レノンによる骨格だけのデモ・バージョンから始まった『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』。スタジオでの試行錯誤を経て不朽の名作となるまでのプロセスを追う。

『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー(原題:Strawberry Fields Forever)』は、ザ・ビートルズのキャリアだけでなく20世紀の音楽をも代表する曲のひとつである。しかしもしも、1967年2月にリリースされたシングル・バージョンを凌ぐ『ストロベリー・フィールズ』の別バージョンがあるとしたらどうだろう? 愚問だろうか? それともビートルズのレコーディング・プロセスのすべてを明らかにするきっかけにはならないだろうか? 

ジョン・レノンは『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』を、自分自身を歌った数少ない作品のひとつだと考えていた。

「リアルな俺自身の世界を歌った曲なんだ。実際に他の世界は知らないしね。俺が書いたリアルな曲というのは『ヘルプ!』と『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』だけさ」と、レノンは1970年に語っている。

『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』は1966年、レノンが映画『ジョン・レノンの僕の戦争(リチャード・レスター監督)』の撮影のため、スペインに滞在している間に書き始めた。その頃ビートルズのメンバーたちは自分たちが「キャリアの中盤にさしかかっている」と感じていたのか、子供時代をよく振り返るようになっていた。『ストロベリー・フィールズ』も子供時代のジョン・レノンが、ミミおばさんに「危ないから行っちゃだめ」と言われていたにもかかわらず、よく遊びに行っていた救世軍の孤児院をモデルにしている。



かつて音の収集家でもあったレノンは、その後自分で曲を作って歌うようになった。スペインでレノンがポータブルレコーダーに録音したデモテープから始まり、『ストロベリー・フィールズ』が曲として完成するまでのすべてのプロセスが明らかになった。

デモテープの時点で曲はまだ骨格のみで、バラードというよりはマイナー調のか細い鼻歌のような感じだった。

ここではめったに覗くことのできないビートルズ・ワールドを垣間見ることができる。レノンは自信なさそうな様子ながらリラックスした感じで、少なくとも曲作りのプロセスを楽しんでいるようだった。そして今我々はそのプロセスを追うことができる。
Translation by Smokva Tokyo

TOPICS

RECOMMENDED

TREND