オアシス最後のライヴ演奏曲「アイ・アム・ザ・ウォルラス」を振り返る

By ANDY GREENE
2009年8月22日にオアシスはV Festivalでのステージを"アイ・アム・ザ・ウォルラス"で締めくくる。(Photo by Marco Prosch/Getty Images)
2009年8月22日にイギリスで開催されたV Festivalでステージを立ち去って以来、ギャラガー兄弟は一度も一緒に演奏をしていない。

これがバンド最後のライヴだと、2009年8月22日にイギリスで開催されたV Festivalでオアシスのセットを聴きながら知っていた人は誰一人いなかった。バンドは当時、新アルバム『ディグ・アウト・ユア・ソウル』のプロモーション・ツアーを開始して1年程経っていて、ツアーは4箇所回ったところで終わってしまった。V Festivalにて、ジェイムス、エルボーとスノウ・パトロールのパフォーマンスを継いで、オアシスは『ワンダーウォール』『スーパーソニック』『シャンペン・スーパーノヴァ』などのヒット曲を散りばめた19曲セットを演奏した。デビューして間もない頃からセットリストに入っていた『アイ・アム・ザ・ウォルラス』でフィナーレは飾られた。

V Festivalの2夜目を"喉頭炎"によりキャンセルしたあたりから、何かが拗れていることが顕になり、オアシスが例のごとく仲違いを始めたという噂が渦巻き始めた。ノエル・ギャラガーは、リアムが二日酔いをしてライブに来なかった、と後で説明した。リアムは、翌週パリで開催された Rock en Seine Festival には現れたのだが、誰かが間違えてバンドに小さな楽屋を用意してしまい、ムードはすぐさま悪くなった。

2011年、ノエルの発言によれば、リアムは最後のショーをキャンセルしたことで受けた悪評にひどく怒っていた。「リアムは、僕が英メディアをコントロールするパペット・マスターか何かだと勘違いしているんだ」ノエルは言う。「だからパリに着いて、リアムは記者の名前を次から次に言ってくる、僕が会ったこともない人の名前を。"お前、ジョニー・ボウルズの口ひげ野郎に、頭を蹴り飛ばしてやるって言っておけ"って言われても"リアム、何のことかさっぱりわかんないよ"となってしまう調子だよ」

すると、リアムはスモモを壁に投げつけ、部屋を出て行ったと思いきやギターを持って戻って来た。「ギターを斧のように振り回し始めたんだ、冗談じゃなくて」ノエルは言う。「で、今こうして、いつものように軽い感じで話しているけど、リアムがしたことは、全く必要のない乱暴な行為だった、それで、ギターを振り回すんだ、僕の頭も捥がれてしまうところだったよ。だから僕は言ったんだ"じゃあさ、こんなとこ出て行ってやるよ"そこで誰かが入ってきて"あと5分!"と言った。僕は車の中に入って、5分くらい座って、こう言った"もう知らない、やってらんないよ"と」

その晩、オアシスは演奏しなかった。数時間後、ノエルは次のように書かれた文面を発表した。「少し悲しいけど、それ以上にホッとしています–僕は今夜を以って辞めます」「皆は好きなように書いたり噂したりするだろうけど、僕はもう1日もリアムと一緒に活動できない状況にあった。パリ、コンスタンツ、ミラノのライヴ・チケットを買った皆、ごめんなさい」どこかに、この一週前に演奏されたファイナル・アンコールの『アイ・アム・ザ・ウォルラス』のもっとマシなビデオがあるのかもしれないけど、今見つけられるのは、オーディエンスが撮影したこの粗いビデオだけ。音が酷くないのが救いだけど。

そうしない、と固く言ってはいるが、オアシスの再開は避けることができないように思える。ただ、ノエルはそういう事には全く興味が無いと一貫して言う。「毎日のように言われるんだ、"お前ら絶対再開するよ–絶対"って。」ノエルは今年のはじめにローリングストーン誌にて言った。「それでこう思うわけ"本当に失礼な話だな"って。ジェダイ的なマインド・コントロールをしようとしてるのかっていう」オアシスがノエル抜きで再開するという噂に、彼は鼻で笑う。「そんな事があったら、お金を払ってでも見に行くよ」ノエルは言う。「非常に興味深い現場になるだろうね。というか、僕がリアム抜きで再開するっていう噂を始めて、トゥパックがコーチェラでしたみたいに(リアムを)ホログラム再生しちゃえばいいよ。言ってしまえば、お金は別に要らないんだ」では、10年後にプロモータが約50億円を持ってきたら?「ああ、やるよ」ノエルは言う。「やってやるよ」



Translation by Yuko Inoue

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