映画『溺れるナイフ』原作者 ジョージ朝倉インタヴュー:「毒にも薬にもなる作品にしたかった」

By RollingStone Japan 編集部
(C) ジョージ朝倉/講談社 (C) 2016「溺れるナイフ」製作委員会

―好きな人って、恋愛フィルターが掛かって超人並みに見えるものじゃないですか。夏芽たちもコウを必要以上に神格化して見ているところがありましたけど、それと同じ現象が全国で起きていたのかも。

私としては、夏芽とコウの関係性って恋愛とは別の感情だと思っているんですよ。他にはない運命の相手というか。恋を知らなかった夏芽はコウと出会ってビビビッときて、これは恋愛なんだと思い込んでいるけど、コウがそういう認識でいるのかは微妙なところで、どちらかというと私と同じような思考で行動させていったところがあるんですよね。で、そこに大友くんが恋愛の対象として現れて、夏芽としては一応コウとも恋愛のつもりだったから、2人の間で揺れてしまう。その心情を描くためには大友がコウよりも魅力的じゃないといけなかったので、嫌な言い方をすると大友にいい人要素やカッコいい要素をたくさん入れたんです。だから、もしかしたら大友の方がファンタジーなのではないかと。実際に、連載中は"大友と夏芽をくっつけてください!"というお手紙をたくさんいただきました。

―確かにあの辺りはコウちゃんより、大友の方が魅力的に感じました。

途中からコウちゃんは完全なるダメンズになっていましたからね。もう、やさぐれたバンドマンのような(笑)。


(C) ジョージ朝倉/講談社 (C) 2016「溺れるナイフ」製作委員会

―あははは(笑)。そのコウちゃんがやさぐれるきっかけとなった事件は、物語上もっとも重要なシーンとして映画でも描かれていますが、ずっとこの物語のヒーローとして見ていた人物の立ち位置が急に地に落ちてしまう瞬間で最初に読んだ時は結構衝撃的でした。信じていたものに裏切られたような感覚があって、これも先ほどのキャラ設定同様、少女漫画神話の破壊だなと(笑)。

少女漫画の定説を壊してやろうとは思っていなかったけど、2人の完璧な関係性と自意識の再生を描くには幻想を一度ぶち壊す必要があったんです。でも、コウ自体は何も変わっていないんですよ。

―変わっていないというのは?


映画には出てこないキャラクターで桜司くんという男の子がいるんですが、彼はコウと境遇が似ていて立ち位置がすごく近いんです。で、そんな彼がコウのことを"自分を映す鏡なんだな"って言うシーンがあって、多分それは夏芽にとってもそうなんですよね。コウという鏡に自分の理想を映し出して、それが一回割れちゃったことによって初めて本来のコウを見直すというか。結局、落ちて再生したのは夏芽であって、コウは落ちっぱなしでいいと思っていたし、むしろ私の中では落ちているということもなく、もともとそういう子だったという。
Text by Rika Suzuki (RSJ)

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