デヴィッド・ボウイ『アワーズ...』、インターネット時代を先取りした傑作の誕生秘話

インターネット、そして自身の過去の作品に対する思いの変化から生まれた1999年作『アワーズ...』、知られざるその誕生秘話(Photo by Chris Floyd/Camera Press/Redux)

「私の世代の人々が抱える苦悩を表現したかった」ビデオゲームのサウンドトラックから派生した1999年作に込められた思いとは。

90年代のボウイは独自の路線を追求し続けたが、『アウトサイド』や『アースリング』といった実験的なアルバムは、商業的には失敗に終わったと言っていい。50歳の誕生日を迎えたばかりの頃、彼はまだ発展途上にあったインターネットを用いて自身のキャリアを振り返ったという。「至る所で自分の曲の一部が使われていた」彼は当時そう語っている。「去年まで、私は自分の過去の作品を聞き返すことはなかった。(中略)しかし、それらが今の自分の作風にどう影響を与えているのかを見極めたくなったんだ。ノスタルジックになることなく、斬新なものを提示するためにね」

ほどなくして、ボウイはギタリストのリーヴス・ゲイブレルズと共にバミューダ諸島に飛び、キーボードとアコースティックギターだけのシンプルな曲を書き始めた。そのうちのいくつかはビデオゲーム『Omikron: The Nomad Soul』に提供される予定だったものの、気付けばアルバムを作れるのだけの曲が揃っていたという。「私の世代の人々が抱える苦悩や不安を表現したかった」ボウイはそう話している。「同世代の人々に捧げる音楽、そう言えるかもしれないね」

シンセサウンドが悲しみを誘うオープニング曲『サーズデイズ・チャイルド』は、アルバム全体のムードを象徴している。「『サーズデイズ・チャイルド』は、自分の人生でやるべきことは全部成し遂げてしまったと感じている人を指しているんだ」ボウイはそう話している。「そういう人にとって未来を見据えることは、過去を振り返るのと同じくらい寂しいものなんだよ」続くダークな『サムシング・イン・ジ・エアー』(衝突は避けられない/大きな過ちを犯したんだ/私たちはその代償を支払い続ける/命が尽きるその日まで)、そしてヘヴィメタル/グラムロック調の『プリティ・シングス・アー・ゴーイング・トゥ・ヘル』でも、その憂鬱なムードは共通している。

リンプ・ビズキット、ブリトニー・スピアーズ、バックストリート・ボーイズらのアルバムがチャートのトップ10に並んだその月、CDの発売に先駆けてダウンロード販売された『アワーズ』は全米チャート最高47位を記録し、メジャーなアーティストとしては前例のないケースとなった。しかしその時、22年ぶりにトニー・ビスコンティとタッグを組むことになる次作に向けて、ボウイは既に動き始めていた。

「トニーも私も興奮しているよ、一体どんなものが生まれるのか想像もつかないからね」ボウイは当時の取材でそう答えている。「また実験的なものになるんじゃないかな。蓋を開けてみるまでわからないけどね」

Translation by Masaaki Yoshida

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