特別対談|森 達也と鴻上尚史が語る、現代社会を生き抜くためのメディアリテラシー

By Joe Yokomizo 2016/10月号 P90〜94 |
現代人はどうメディアと付き合っていけばいいのか。劇作家の鴻上尚史(写真左)と映画監督の森 達也(写真右)に対談していただいた

:文字と違うところはそこでしょう。だから映像の影響力が強くなるのは、非常に危険なことです。だからこそ、さっき鴻上さんが言ったように、逆を見せればスイッチできるんだろうけど。

鴻上:どうしたらいいんですかね。

:やっぱり映像も含めたメディアリテラシーを、もっと早い段階から教育することが必要なんでしょうね。欧米では結構やっているけど、日本ってほとんどないじゃない。先ほども言いましたが、日本人は集団化しやすい。ということは、影響を受けやすいということですから。本当は日本こそ、リテラシーを子供の頃からやるべきなんだけど、政府や行政にそういう発想はないみたいだし・・・。もちろん、それだけで解決するとは思えないけれど。

鴻上:中学校くらいに観せるための"こっち側は、実は逆から映したらこうなっているんです"というような教材があるだけで随分変わると思いますけどね。

:ただ、同時に、鴻上さんが言ったとおり、そういった教育を受けてもなかなか実感はできないんじゃないかな。"へぇ"ってぐらいにしかならない。もっとドラスティックなものがないと。

鴻上:うん。それは作家に頼まなきゃいけないかもしれないですね。最初に"ひどいヤツだな"っていう映像を観せておいて、実は全部事情があって、彼がこうしたのはこういう理由があったからなんだっていうような、かなり衝撃的なものがないと。たまに、『思わず泣ける話』みたいな感じで、"実はこれには全部こんな理由があったんだ"っていう話をまとめた映像がYouTubeで広がったりするけど、そういうものをちゃんと見せていかなきゃダメだと思いますね。本当に、視点が変われば違うんだっていうことを伝えることがいちばん重要な気がします。

"メディアの嘘"を見抜くことはできない

―映像だけではなく、メディアにおける言葉のトリックもありますよね。例えば、安保法案の採決の際に使われていた"後方支援"。政府は、英文では"logistics(ロジスティックス)"と表記していますが、本来、日本語に訳すと"兵站"です。だけど"兵"という字はイメージが悪いから使わず、後方支援という言葉がメディアで拡散されましたし。

:"武器輸出三原則"も"防衛装備移転三原則"と名称を変えました。武器と防衛装備では受ける印象はまったく変わります。中身は何も変わっていないのに。全滅を玉砕、撤退を転進と言い換えた大本営そのままです。こういう時こそ、メディアが"安易なイメージ操作はやめろ"と論陣を張るべきなのに、その力はほとんど働かない。メディアの政権監視、権力監視をする力が急速に衰えているのは確かです。今、メディアは自信がなくなってる。同時に、競争原理が煽られている。権力の監視をしたところで、みんな見てくれないし読んでくれない。社会全体がそうなっているから、いちいち抗っても仕方がないという風潮になってしまった。だから三つ巴、四つ巴で絶望的な状況になっている。

鴻上:ただね、みんなのメディアリテラシーは、少しずつ上がってると思うんだ。ツイッター上でも"簡単にリツイートするべきじゃない"っていうのをよく見るようになった。つまり、"こいつに殴られました"とか個人の顔写真を晒したツイートが出ると、必ず"情報が不確かなものをリツイートすべきじゃないと思います"ってことを書く人が出てきた。それなりに意識が上がってきているとは思うんだよ。ただ、さっきの中国の幼女の映像じゃないけども、どこまでフォトショップが使われているかっていうのは、僕らにはわからないじゃない。これはフェイクなのか、真実なのか。CGかどうかっていうことになると、本当に手も足も出ないですよね。

:一応、僕は映像のプロですけど、CGで加工されたものに関しては、ほとんど判別できない。結局は作った側の自己申告しかないんです。さっきの中国の話は、たまたま現場にいた誰かが"あれは夜だった"と言ったことや、ディレクターがプロデューサーに漏らしたことなどで発覚したらしいけれど、本人が言わない限り絶対にわからない加工なんて、いくらでもありますから。よくメディアリテラシーについて、"メディアの嘘を暴く"とか"真偽を見抜く"とかみたいなことを言う人がいるけれど無理です。それを前提にするなら、リテラシーなんて不可能だと思ったほうがいい」

鴻上:"嘘を見抜くのは無理です"っていうのは、俺はいいと思うな。見抜けはしないんだけど、メディアは嘘をつくんだという意識があるかないかは、すごく大きいと思いますね。

:その前提を自分が持てるかどうかですね。あとは、嘘といっても、自覚的な嘘と自覚のない嘘がある。表現自体がそもそも嘘なんだとも言えるし。そもそも視点が違えば、ある人にとっては真実かもしれないけれど、違う人にとっては嘘になる場合もいくらでもある。つまり真実と嘘という二分法が間違いなんです。

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