特別対談|森 達也と鴻上尚史が語る、現代社会を生き抜くためのメディアリテラシー

By Joe Yokomizo 2016/10月号 P90〜94 |
現代人はどうメディアと付き合っていけばいいのか。劇作家の鴻上尚史(写真左)と映画監督の森 達也(写真右)に対談していただいた
今、メディアが劣化していると言われている。既存メディアの時代は終わり、真実はネットにあるという声もある。それに対しては、人それぞれいろんな見解があるだろう。ただ、メディアから流れる情報が過多になっているのは間違いない。溢れる情報と、私たちはどう付き合っていけばいいのだろうか。総務省は、メディアリテラシーのひとつを《メディアを主体的に読み解く能力》と定義している。自らが主体性をもって情報と付き合っていくために必要なこととは何だろうか。

鴻上尚史が作・演出した舞台『天使は瞳を閉じて』とロングラン上映が続いている森 達也のドキュメンタリー映画『FAKE』。共に"メディア"が重要なテーマとして描かれている作品だ。この対談が行われたのは『天使は瞳を閉じて』東京公演の千秋楽の後だった。

舞台を観終えた森に、感想を聞くところから対談はスタートした。今のメディアに対する危惧を作品として描いてきた彼らが語るメディアと社会の関係性とメディアリテラシーの重要性。さらに情報を受け取る際に知っておくべきこととは何か――。

変化のきっかけは阪神淡路大震災とオウム事件だった

―鴻上さんは『FAKE』ご覧になりました?

鴻上:もちろん観ました。じつにいろんなことを考えさせられる問題作でした。

:ありがとうございます。

『FAKE』

本当は聴こえているのか、曲は作れるのか――。森 達也がゴーストライター騒動を発端に、日本中から好奇の目に晒された佐村河内守の自宅に入りカメラを廻した。映し出されているのは、佐村河内の日々の生活だ。「悪いように扱いません」と出演交渉しにくるテレビ関係者、「指示書を書くことが作曲だと思っているのか?」と問う外国人ジャーナリスト・・・。佐村河内を捉えたカメラがメディアと社会が抱える病を浮き彫りにしていく。森達也、15年ぶりとなる監督作品。
全国順次公開中/©2016「Fake」製作委員会

―森さんは、『天使は瞳を閉じて』をご覧になっていかがでしたか?

:初演の時(1988年)も原発が事故を起こして人類が滅亡するという設定だったんですよね?

鴻上:ええ。書いたのは、チェルノブイリの2年後だったんです」

:あの時代に核で人類滅亡する設定を考えるなら、普通は核戦争を発想するし、実際にそういう作品もたくさんありましたよね。その時に原発の事故で人が住めなくなるという発想をしたのは先見の明なんだと思いますが、ずいぶん時代を先取りしているなと驚きました。

鴻上:今回観た方から、"311があってこう変えたんですか?"って言われたんですが、"チェルノブイリがあったじゃないですか"って。日本人ってエピソードとしてはチェルノブイリを知っているけど、福島の事故のように人が住めなくなるという意識はなかったんでしょうね。

:そうですね。あとは、閉ざされた空間の中で、メディアがどう機能して、どういう影響を与えるかということも描かれていますよね。そういう状況でメディアがどうなるのかっていうことはいろんなシミュレーションができると思うけれど、鴻上さんの場合は"人"なんだよね。メディアって人だから。単純に映像がどうなるかとか、チャンネルが増えるとかっていうレベルじゃなくて、人がどんどん変わっていく。その変わった人たちによってメディアがどう変わるのか。そういった文脈が作られていて、現代批判やメディア政治学の観点からとしても面白かったです。

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