ファンキー・シック:ニュー・ジャーナリズムの旗手、トム・ウルフが語る70年代ファッション論

By TOM WOLFE 2016/10月号 P64〜69 |
Jack Robinson/Hulton Archive/Getty Images
ニュー・ジャーナリズムという言葉を生み出したトム・ウルフ。今回取り上げるエッセイは、そんなウルフが当時流行のファッションを分析したもの。ウルフ流のシニカルな視線が際立った作品だ

1969年10月、ファンキー・シックはもう、感染したコウモリさながらにロンドンの街中を飛び回っていた。すなわち、音もなく、めくらめっぽうに、狂ったように、そして夜、涎が光る牙を剥き・・・狙った獲物は絶対に外さずに・・・66年以来ロンドンを漁っていたもみあげの妖精、サイドバーンズ・フェアリーと同じく。サイドバーンズ・フェアリーは夜中、いけている若者の寝込みを襲い、若者が目を覚ますと、もみあげがあごに届くほど伸びていたものだった。そして今、時代はファンキー・シック・・・ある晩、ロンドン社交界御用達のクラブ、アレトゥサで私は以下を目撃したのだ。男がひとり、化粧室に駆け込んでくるや、鏡の前でポーズを決め、ネクタイを外してレザー・ジャケットのポケットに突っ込み、シャツのボタンを上から4つ一気に外し、両指を髪に差し込み、頭頂部をくしゃくしゃにかき乱して猛々しき混乱状態にすると、一歩下がって結果を愛で、頭を上下左右に傾けて再度確め、シャツの前をさらに開けて胸毛の先をのぞかせる。すべてに満足すると、男はメインイベントに臨むべく、ダイニングルームに向かう。このダイニングルームがすばらしい。染みひとつない内装は、真っ白な漆喰のアーチに円筒形の照明という、高級イタリアン・レストランのそれだ。が、広々とした店内に、白シャツに黒タイ姿はウェイターしかいない。優雅に腰掛けた客たちは、ガハガハグォグォと奇声を発し、火をも寄せつけないぴかぴかの笑みを浮かべている。装いはレザー・ベスト、ヒンドゥー・チュニック、バックスキン・スカート、鹿狩りブーツ、剣戟決闘シャツ、喉仏に巻いたバンダナ、腹まで垂らしたラヴビーズ、マトンチョップ大のもみあげにつくほど上げたタートルネック、突き出た乳首とそれを丸く囲む紅色がはっきりと透けて見えるほど薄いインディアン・ブラウス・・・まるで、映画『北西への道』、『男の敵』、『ガンガ・ディン』、『にがい米』のモブシーンに出てくる悪漢らに占拠された貴賓用大広間。だが実際、私が見つめていたそれは、富に恵まれた、最先端を行くロンドンの"金色の若者たち"による一大ファッションショーであり、出演資格はすでに、ハイライフを求める66歳以下全員に与えられていた。

その翌年、ファンキー・シックは黄色い声を上げ、スキップをしながら合衆国にやって来た。ブルージーンズ姿で社交界にデビューする少女という、なんともすてきな姿で。こうして、ファンキー・シックは全国の大小を問わず、ありとあらゆる街のファッション記事で見られるようになった。ほら、彼女はその写真にもいる・・・ブルージーンズに、前を大きく開けたブルーのワークシャツ姿。ラファエル前派ふうの長髪は真ん中からざっくりとふたつに分け、あえてセットはせず、ほぼ洗いたてのそれをコンチネンタル・プロ・スタイル印のドライヤーで乾かしたばかり。彼女はインタヴュアーに語る。

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