ハルク・ホーガンはいかにして究極のアメリカの悪党になったのか

(Photo by Thearon W. Henderson/Getty Images)

ある意味、トニー・ソプラノ、ウォルター・ホワイト、ドン・ドレイパーの成功の影には、このプロレスのアンチ・ヒーローの存在がある。

ハルク・ホーガンは真夏のフロリダ州のどこかにいた。どこにいるかはそれほど重要ではない。カレンダーの真ん中の月にフロリダにいるのだ。どうせ、蒸すとか暑いとかいう言葉では表現しきれない気候なのだ。ホーガンは数千人の群衆の前に立ち、ブーイングを浴びせられ、ありとあらゆるものを投げつけられている。いよいよ誰もが、ホーガンの正体を見破ったかのようだ。彼は、自身が長年喧伝してきた"リアル・アメリカン"なヒーローなんかではない。ハルク・ホーガンは悪人である。彼はあらゆる人を裏切る。

悲しいことに、これはテリー・ジーン・ボレアとして生まれ落ちた男の現代版ではない。あるいは、ジェブ・ランド(Jeb Lund)言うところの"誇大妄想で固められたキャリアを通じてプロレス業界を遠ざけ続けていた"男でもなければ、離婚や娘の音楽活動の失敗、息子お得意の集団飲酒運転のたび重なる裁判費用で財産を使い切った男でもない。親友の妻とセックスしておいて、億万長者に裁判費用を出させ、最終的には1つの報道機関を破産・倒産に追い込んだ男でもない。彼の本質を世間が見いだしてしまったこの瞬間というのは、2016年版のハルク・ホーガン・バッシングの話ではないのだ。これは1996年に行われたWCW(ワールド・チャンピオンシップ・レスリング)『バッシュ・アット・ザ・ビーチ』大会での話なのである。

ハルク・ホーガンは本当に悪い人間だ。誰もがようやく、そのことを理解した。彼はかねて人種差別主義者だったのだろうか。あるいは、20年前にも30年前にも、必要とあればピーター・シールのカネをむしり取ったであろうか。たぶんそうなのだろう。でもそんなことは取るに足らないことだ。肝心なことは、ハルク・ホーガンが、自分がどれほどひどい人間であるかを認識できる前に、ヒールに転じたということなのだ。20年前の7月に、ハルク・ホーガンが本性を露わにして、ケヴィン・ナッシュ、スコット・ホールと共謀しNWOを結成して世界を驚かせた際、彼は大衆文化にアンチ・ヒーローというヒーロー像が台頭する土台を築いたのだった。ある意味、トニー・ソプラノ(『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の主人公)も、ウォルター・ホワイト(『ブレイキング・バッド』の主人公)も、ドン・ドレイパー(『マッドメン』の主人公)も、それぞれの成功は少しずつハルク・ホーガンのおかげなのだ。その時代にもっとも愛されたプロレスラーが悪党に変身した。そして誰もが悪党ホーガンのことを大好きだったのだ。(※注1参照)

Translation by Tetsuya Takahashi

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