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スカのレジェンド、プリンス・バスター死去:人々の心を突き動かしたジャマイカの賢人

Erin MacLeod | 2016/09/16 16:00

| 先週惜しくもこの世を去ったジャマイカ音楽シーンの立役者、プリンス・バスターの功績と受け継がれる遺産(Photo by: PYMCA/UIG via Getty Images) |


キャンベルはシンガーやプロデューサーとしても一流だったのみならず、可搬サウンドシステムのパイオニアとして1950年代から無数のゲリラパーティーを 開催し、モバイル・ディスコという概念を生み出した。キャンベルは「ヴォイス・オブ・ザ・ピープル(人々の心の声)」と名付けた自身のサウンドで、サー・ コクソンのダウンビート、デューク・レイドのザ・トロージャン、そしてキング・エドワーズのザ・ジャイアンツという、当時の3大サウンドシステムに真っ向 から勝負を挑んだ。今日まで続くサウンド・クラッシュという文化は、このバトルに端を発している。



強烈なブロウを繰り出す『ダウンビート・ブリアル』、そしてセクシャルなニュアンスで陽気に翻弄してみせる『レック・ア・パム・パム』等には、一歩も退かないキャンベルのスタンスが滲み出ている。ジャマイカの国民的スターとなった後、キャンベルはそのサウンドを英国に持ち込み、イギリスにおけるニュー・スカ・ムーヴメントを事実上牽引した。スペシャルズとマッドネスに代表される、1970年代末の2トーン・スカのシーンにおいて、キャンベルは泣く子も黙る代名詞的存在となった。(マッドネスというバンド名は、政治について歌ったキャンベルの代表曲のタイトルからきている)

プロデューサー、シンガー、サウンドシステムのセレクター、さらには自身の店で作品の販売までこなしたキャンベルは、マルチな才能を発揮するアーティストのロールモデルだ。愛され続けるいちジャンルを確立したことは、彼の残した様々な功績のひとつに過ぎない。彼はDIY精神と起業家魂が共存しうることを証明してみせた。ミラーが言うように、彼は「自らの運命をコントロールしてみせた」のだった。

「父は文字どおり、何もないところからスタートしたんだ」スルタン・アリはそう話す。「彼にあったもの、それはヴィジョンと燃えるような情熱だけだった。金にモノを言わせていた周りの連中とは対照的にね。人々を振り向かせるまで、父はどんな苦境にも屈しなかった」そして彼の音楽は、人々の熱狂的な支持を勝ち取った。スルタンは父が残した偉大な功績を、簡潔にこう表現してみせる。「スカのリズムに体が反応しないのは死人だけさ」

プリンス・バスターが変えたのは音楽の歴史だけではない。ミラーは力強くこう話す。「音楽史における彼の功績を疑う者は1人もいないだろう。だが、彼が成し遂げたことはそれだけじゃない。カリスマ性に満ちた若き日のバスターは、自身の音楽とライフスタイルを通じて、ジャマイカに生きる黒人たちの心をひとつにできると信じてやまなかった。旧世界に生きた祖先の意志を受け継ぎ、黒人としての誇りとともにこの新世界を生きていく、彼のそういう生き様が多くの人々の心を突き動かしたんだ」



Translation by Masaaki Yoshida

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