『パッチギ!』を通し考える、差別の現状とリテラシーの必要性:井筒和幸[映画監督]×李鳳宇[映画プロデューサー]

By Joe Yokomizo 2016/08月号 P84〜85 |
『パッチギ!』2005年 (C)2004「パッチギ!」製作委員会
ローリングストーン日本版2016年8月号掲載
特集:ヘイトスピーチ対処法成立〜施行で何が変わるのか〜
井筒和幸×李 鳳宇スペシャル対談

在日コリアン差別問題をテーマにした『パッチギ!』(2005年公開)の監督・井筒和幸氏とエグゼクティブプロデューサー・李 鳳宇氏の対談が実現した。『パッチギ!』の秘話などを通し、差別問題の深層や、法案成立後の課題などを聞いた。

―ヘイトスピーチが蔓延したきっかけは2002年の日韓ワールドカップと小泉総理訪朝だと言われますが、日本人と朝鮮高校の対立をベースに朝鮮人への差別を描いた『パッチギ!』の舞台は1968年ですから、井筒監督が書著『民族の壁どついたる!』でも書いている通り差別と対立は脈々とあったわけですよね。


井筒:
そう。征韓論の以前から、100年以上前から続いてるんです。

―若い読者のために、あらためて、その脈々とあった差別をまずお話いただければと。

井筒:李さんは本人(在日コリアン2世。1世の父は当時朝鮮総連支持派)なんだから、いろいろ目の当たりにしたと思いますよ。

李:ええ。私の時代でも朝鮮高校を卒業しても大学入試はできないとか、いろんな差別がありましたね。特に大きかったのは就職差別でした。だけど、今は声高に、こんな差別があったというのはあえて言わなくなりましたよね、在日の人たちも含めて。だから、今の人は『本当にそんなことあったの?』みたいな感じもありますよね。

―李さんより8歳上、奈良県生まれの井筒監督にとって在日の方はどんな存在だったんですか?

井筒:運命というか、宿(しゅく)ですね、これが例えば東京の高級住宅街・成城で生まれたとしたら、宿命じゃなかったでしょうね。ところが、関西には在日の人間って数多くいるから、物心ついた頃から近所に在日の人がおって、ブタの飼育ゴミ集めとかしてたわけよ。何の隔たりもなく、普通に接してた。で、今、李さんがいみじくも言ったように、『今は昔ほど意識しないようになりました』ってことの裏側には、在日の人間もそんなこと意識しても無駄だという諦めと、日本人の方にも、まだ差別を秘めている事実があるんだよ。それは、そこかしこで感じる時があると思うんです。ただ表づきあいの上では口にしない。仕事上『李さん、どうもどうも』なんて言うても、裏では何考えてるかわからない。『あいつは朝鮮人だから』とか言うヤツは必ずどこかにいる。それは過去のことじゃない。今もそういう目つきをする、あるいはそれに近い言動をとる。『まぁ、在日の人は置いといてだ』とか『李さんにはわからんだろうが』とか、そういうこと平気で言うヤツはなんぼでもいる。そんなん今に始まったことじゃない。そういうことがこの日本社会を作ってきたし、その今の突端に、できもののように、この嫌らしいヘイトデモ/スピーチがある。溜まっていた膿のようなもんだよ。だからシバいて治すしかないっていうことなんでしょうね。ヘイトとかは問題外だけど、潜在的なものとしての差別も全くなくなったわけじゃないですよ。李さんだって影では言われてると思いますよ。

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