エイミー・ワインハウス:ディーヴァとその悪魔

耳の肥えたファンは、アルバムのプロダクションやアレンジがまぎれもなく本物であるところに惹かれたのかもしれない。しかし『バック・トゥ・ブラック』に心を奪われた何百万というリスナーのうち、ほとんどはワインハウスが抱える罪悪感や悲哀、苦悩の真実味に心を奪われたのは明らかだ。アルバムの中の曲は、彼女とブレイクの恋愛が猛スピードで烈火のごとく燃え尽きたことを歌っている。ふたりの間には浮気もあれば、傷心もあった。ブレイクはかつての恋人とヨリを戻し、ワインハウスは生涯の恋人を失ったと嘆く。「曲はどれも自然と出来上がったのよ」と、マイアミにあるキッチュなフィフティーズ・スタイルのレストランのディナーテーブルで、ワインハウスが語る。フローズンドリンクは特大サイズで、食事には栄養の欠片もなさそうな店だ。私たちのテーブルの隣、片腕ほど離れたところにワインハウスの新しい夫が座っている。彼女はことあるごとに彼にもたれかかり、ささやいたりキスしたりしている。「曲は全て当時の私とブレイクの状態について書いたもの。彼に対して抱く感情を、私はこれまでの人生で誰にも感じたことがなかった。とてもカタルシスがあったわ。 私たちのお互いに対する態度は酷くて、私はもう二度と彼に会うことはないと思ったから。彼にとっては今では笑い話よ。"もう二度と会わないと思ったって、どういう意味だよ。俺たちは愛し合っている。これまでもずっと愛し合っていたんだ"ってね。でも、私にとっては笑い話ではないわ。私は彼に死んでほしかったんだから」


まだあどけない笑顔を見せるワインハウス(C)Winehouse family (C)2015 Universal Operations Limited.


兄のギターで弾き方を覚えたという(C)Lauren Gilbert (C)2015 Universal Music Operations Limited.

「人生を楽しみたいの」

ワインハウスは、昔から身近な人たちの世話をするのが大好きな少女だったと話す。しかし彼女が求めれば、周囲もまた彼女を助けてくれるだろうことは、そばにいればすぐにわかる。ワインハウスとブレイクが、心の底から熱烈に愛し合っていることに疑いの余地はない。しかし、ふたりはともに自己破滅的で、お互いにとってこれまでにないほど最高、かつ最悪な相手になり得ることも確かだ。彼は右耳の後ろに彼女の名前を彫っている。彼女は彼の名を心臓の上に入れている。ふたりにはお揃いの傷まであるが、彼の左前腕の傷は彼女のものよりも古く、痛々しく見える。ふたりはドラッグの可能性を疑わずにはいられないほど、一定の間隔でトイレに姿をくらます相棒だ。

ワインハウスの北米ツアーはトロントで幕を閉じたため、彼女がすっかり肩の荷を降ろしていたことは間違いない。それにマイアミに来て、結婚した日に自分の人生やキャリアについて話すよりも、新婚の夫と一緒に過ごしたいと思っていることは明らかだ。私は、もし明日からツアーもアルバム制作もできないとなったら、涙を流すかと彼女に聞いてみた。

すると、「そんなことないわ」と彼女は答える。「私は満足のいくアルバムを作った。それだけのことよ。私は世話をするのが好きな人間で、自分の人生を楽しみたいし、夫と一緒の時間を過ごしたいの。今こう話していても、少しも変な気はしない。ブレイクと私は長いこと離れ離れだった。私は別の人と付き合っていたし、彼も他の人と付き合っていた。彼と会った半年前でさえ、何度も彼に"ただあなたの面倒を見たいのよ"って言ったのを覚えてる。私は恩知らずな人間になりたくない。自分に才能があることはわかっているけど、歌うために生まれてきたわけではないの。私は妻になるため、母になるため、家族の世話をするために生まれてきた。私は音楽の仕事が好きだけど、それがいちばん大切なことではないの」






Translation by Sayaka Honma

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