エイミー・ワインハウス:ディーヴァとその悪魔

素顔のワインハウス

彼女の声しか聞いたことのない人たちは、その身体を見て衝撃を受ける。官能的で厭世的なしゃがれ声は、まるで北ロンドンの小柄なユダヤ人少女に宿る、サラ・ヴォーンのゴーストのように響く。彼女もまた、世を憂えているのかもしれない。トロントでは手近な衣装を身につけていたワインハウス。首から上は映画『グリース』のリッゾ、首から下は同じくケニッキーのようだ。ウェイブのかかったボリュームある黒髪の上には、おなじみの少々みすぼらしいビーハイブ。プラスチックの大きなキャンディ棒型イヤリングをつけ、黒いアイラインはクレオパトラのスウッシュマークをさらに誇張したかのよう。彼女の身体はあまりにも細く、黒いペンシルストレート・ジーンズでさえブカブカだが、黒のタンクトップはぴったり着こなしている。腕に並んでいるのは、古き良き時代のピンナップガールのタトゥ。中には胸が丸出しになっているものもあれば、"シンシア"の文字が添えられた艶かしい50年代ファッションの女性もいる。ワインハウスは、泥酔らしき状態で公の場に現れることでも有名だ。今年1月にはステージで歌っている途中、吐くために舞台袖に消えたことが一度あった。昨秋にイギリスで行われた授賞式では、U2のボノが受賞スピーチをしている最中に「うるさいわね!どうでもいいわよ!」と妨害。またイギリスの人気クイズ番組『ネバー・マインド・ザ・バズコックス』に出演した際には、見るからに酔っており、司会者サイモン・アムステルが「これはもうクイズ番組でさえない。エイミーのための減酒カウンセリングだよ」とジョークを飛ばしたくらいだった。彼女のアルバムには酒やマリファナ、コカインへの言及がしょっちゅう出てくる。最も有名なのは『リハブ』で、これはワインハウスの元マネージメント会社社長で『アメリカン・アイドル』を制作し、スパイス・ガールズの生みの親であるサイモン・フラーが、リハビリ施設に入るように彼女を説得した歌だ。しかし、その後どうなったかは周知の通り。

「エイミーは、ポピュラー音楽に反抗心溢れるロックンロール精神を呼び戻しているんだ」と、『バック・トゥ・ブラック』の半分以上を手がけたDJ/プロデューサーのマーク・ロンソンは語る。「ザ・シャングリラスのような60年代のグループには、そう言った気骨があった。モーターサイクル・ジャケットを着たクイーンズの女の子たちみたいに。エイミーの外見はものすごくクールだし、曲の中でも残酷なまでに正直だ。ポップの世界ではカミングアウトしたり、自分の弱みを認めたりする人間は長らく出てきていない。なぜなら、みんな完璧なところを見せようと必死になっているから。 でもエイミーは、"そう、私は酔って転んだの。だから何?"みたいな感じだろ。彼女は自意識過剰でもなければ、名声を追い求めたりもしない。そんなことする必要がないんだから。彼女は才能があって幸運だ」

それでも、ワインハウスがどっしりと構えているわけではない。彼女はよく陰鬱な、退屈で意気消沈した表情をしている。もしかするとただの二日酔いかもしれない。表面上は礼儀正しいけれど、そこまで完璧なプロではなく、自分の短気なところを完全に隠し切れたことはない。何かをやりたくない時は口を尖らせるし、それでも逃げられない時は足を踏み鳴らす。後者の作戦は彼女のベイビーもその達人だ。CNタワーでセキュリティ・チェックの列に並んでいる間、フィールダー・シヴィ ルは誰にともなくホテルに戻ると宣言、その場を去った。ワインハウスはパニックになりながら後を追いかける。「何が起こったの?」と彼女のバックシンガーのひとりが尋ねる一方、他のワインハウスの関係者たちは窓の外を注視し、まるで迷子のようにタワーのふもとを探す彼女の様子を見ている。ワインハウスのマネージャーが彼女を中に連れ戻した時には、黒のアイライナーが涙で濡れそぼった目の下で滲んでいて、どうしたのか聞く勇気がある者は誰もいなかった。


2007年、シェパーズ・ブッシュ・エンパイアでのパフォーマンス(Photo by Gus Stewart/Redferns)

Translation by Sayaka Honma

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