ビヨンセは、どのように新作『レモネード』で黒人女性の心の声を表現したのか

身じろぎもせず声も立てず、白い衣装をまとった黒人女性たちが、プランテーションのポーチから私たちを見つめている。彼女たちが感情を持つ人間だと私たちに気づかせるために見つめ返しているのだ。セリーナ・ウィリアムズが私たちを見ている。リア・チェイスの目は私たちに微笑んでいる。クヮヴェンジャネ・ウォレスが私たちを見つめている。ビヨンセが私たちの目を見つめ続けている。レズリー・マックスパッデン、シブリナ・フルトン、グウェン・カー― 殺害されたマイケル・ブラウン、トレイボン・マーティン、エリック・ガーナーの母親たちだ―が私たちを見ている。彼女たちと、胸に抱いた殺された息子たちの写真を見てくれと懇願するように。髪にマルセル・ウェーブをあてたばかりの南部の黒人女性たちが、こちらを見て微笑んでいる。「私たちは見られるべき存在なの」と彼女たちは言っているのだ。「見張られて消費されるだけなんて嫌」

映像のテーマは、『プレイ・ユー・キャッチ・ミー』から『ホールド・アップ』へ移行する中で明らかになる。ビルのてっぺんから彼女自身に飛び込み、浮気しているであろうパートナーに対する不安と心の傷に区切りをつけてごまかそうと上辺では努めている、水面下でまどろんでいるビヨンセの本当の姿を映し出す。続いて、彼女は洗礼の水から浮かび上がる。南部の黒人の宗教的慣習に根付いているヨルバの神、オシュンにちなんだサフラン色の衣装をまとい、ビヨンセは水面から偽りのない姿を現す。そして、子どもたちが遊べるようにたくさんの水を街にもたらし、彼女のバット「ホット・ソース」で窓を叩き割り、感情を持つ人間でいられるという今まで実現されなかった自由を享受し、彼女は喜びと怒りの両方を表す。

『レモネード』の複数の章―直観、拒絶、怒り、無気力、空虚、説明責任、改革、寛容、再生、希望、救済―は、一組のカップルだけでなく、黒人女性間、男性間、父と娘の間の複雑な関係を含む多くのカップル、そして黒人女性と不平等なアメリカ社会との関係について述べている。数を多くすることで、各章は作品の別の形式を意図的に曖昧にする。エリカ・バドゥの『グリーン・アイズ』の「拒絶」「許容」「逆戻り」やジョン・コルトレーンの『至上の愛』の「承認」「決意」「追及」「賛美」で展開されたように。こうして、集団感情を大きなカテゴリーに含めることを拒否することで、私たちは幅広い黒人女性の感情を体験せざるを得なくなる。

『レモネード』は、数世代にわたる黒人女性の形成と魔法についてのビヨンセの深い洞察だ。ジャンル、空間、場所、時間を越えた動きの中で、黒人女性を見るための、私たちの声を聞くための、そして私たちの名前を呼ぶための新しい手段を、本作は提供する。根本的に愛されない者として私たちが頻繁に扱われるとき、愛と愛によってもたらされる―私たち自身の、私たちの大切な人たちの、私たちの子どもたちの、私たちの精神の―救いというサフラン色の青写真を、本作は黒人女性に提示する。そして、本作は確かに黒人女性の錬金術が生み出したものだが、私たちみんなの変化の旅を始められるよう、さまざまな感情を心に刻むことを私たちに教えてくれる、私たちの困難な政治的契機についての無限の教訓を含んでいる。


ビヨンセのニュー・アルバム『レモネード』は、iTunesにて配信中。 輸入盤 CD+DVD は5/13(金)発売予定。(国内盤CD+DVDはソニー・ミュージックジャパンインターナショナルより今夏リリース予定)




ビヨンセのワールド・ツアー『ザ・フォーメーション・ワールド・ツアー』が、2016年4月27日、マイアミからスタート。パワフルな『レモネード』の曲やデスティニーズ・チャイルド時代のヒット曲を熱唱する。動画はこちら。

Translation by Naoko Nozawa

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