なぜ今、清志郎の歌が我々の胸を打つのか

By RollingStone Japan 編集部 2015/02月号 P50〜0 |
ローリングストーン日本版2015年2月号掲載/忌野清志郎(写真:有賀幹夫)
ローリングストーン日本版 アーカイヴ・インタヴュー
2015年2月号 特集「忌野清志郎、不滅の魂」

加藤典洋 文芸評論家

自分でもわからないからこそ、やる──忌野清志郎を動かしたエネルギーとは

現代文学批評、戦後日本論などの評論活動で知られる加藤典洋は、2011年、『耳をふさいで、歌を聴く』という音楽評論集で、奥田民生、スガシカオ、じゃがたら、フィッシュマンズ、桑田佳祐と並び、忌野清志郎を論じている。ここでは、その中でも触れられているRCサクセションのカバー・アルバム 『COVERS』の謎に迫りながら、伝説のロッカーの思想的背景を分析。なぜ今、3・11以降の日本において、清志郎の歌が我々の胸を打つのかを、ともに探った。

─まず、清志郎はなぜ『COVERS』であれだけ政治的なことを歌ったんだと思われますか。

プロとして、自分で政治的な作品を作ってもよかったわけですよね。なのに、全曲カヴァーにしたわけです。ほかの人の歌に取り憑いて、それを換骨奪胎するようなかたちでやった。それは、すごく考えた結果だと思うんです。何で政治的なことをカバー曲にして歌ったのか? という言い方もあるけれど、逆に何で自分で作らなかったのか、と。これはつまり、どうしても何かを言わなくてはいけない時に、日本語のロックでどうやって歌うのかということに対する、ひとつのかなり高度な答えだったんじゃないかと思うんです。

─と言いますと?

僕が3・11の後、ぶつかった問題がありまして。それまで僕は、ほかの人が言うような凡庸なことを自分が言ってもしょうがないだろうと思っていたんです。人があんまり言わないような、ちょっと非凡なことなら言っても意味があると考えて、実際そうやっていたんですね。だけど、3・11の後、日中関係とか、ヘイトスピーチとかもあって、誰もが言うようなことを、どう違ったふうに言えるかがいちばん難しいんだと思った。誰も言わないようなことを言うのは、批評とかものを考えている人間にとって、そんなに難しいことじゃないんですよ。だけど、誰もが『そんなこと、当たり前じゃん』『紋切り型じゃん』と思うことを、そうじゃないように言うのは、すごく難しいんですね。
Interview by Joe Yokomizo

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