ガンズ・アンド・ローゼズ vs ニルヴァーナ:オルタナティヴ時代のロック・カルチャー戦争の終焉

By KEITH HARRIS, KORY GROW
2016年4月8日、ラスベガスで平和的終結を見た、ガンズ・アンド・ローゼズとニルヴァーナの確執を時系列で追う。 (Photo by Marc S Canter/Michael Ochs Archives/Getty Images, Paul Bergen/Redferns)
チーム・アクセル vs チーム・カート、全面対決から和解までの道のりとは?

アクセル・ローズとカート・コバーンには多くの類似点があった。ふたりとも田舎町の複雑な家庭に育ち、攻撃的で反抗的なロックによって後の人生を一変させた。

ニルヴァーナとガンズ・アンド・ローゼズは、どちらもパンクとメタルの境界線を曖昧にすることで名を成したが、ローズとコバーンは、互いをオルタナティヴ時代のロック・カルチャー戦争における敵同士だと認識していた。しかし、それももう過去の話だ。

2016年4月9日、ガンズ・アンド・ローゼズのラスベガス公演の直後、アクセル・ローズは、ケガをした自分のためにフー・ファイターズのツアーで使った豪華な椅子を貸してくれた元ニルヴァーナのドラム、デイヴ・グロールに向け、感謝のツイートを投稿した。絵文字と感嘆符をふんだんに使って。それでは、時に馬鹿馬鹿しく、時に愉快で、そして常に人々の関心を集めてきたニルヴァーナとガンズ・アンド・ローゼズの確執が、ついに終息を迎えるまでを時系列で見てみよう。

1991年~1992年:カート、ガンズ・アンド・ローゼズを中傷
アクセルはもともとニルヴァーナのファンで、『ドント・クライ』のミュージック・ビデオでニルヴァーナのロゴ入りの帽子を被っていたほどだ。しかし、その想いは彼らに届かなかったようだ。1991年、『ネヴァーマインド』のプロモーションで、カートは全力でふたつのバンドの違いを強調した。「俺たちは、みんながよく知ってるガンズ・アンド・ローゼズみたいな、何のメッセージも持たないバンドとは違う」と、カートはセカンズ誌に語った。その翌年には、「反乱とは、ガンズ・アンド・ローゼズのようなヤツらに立ち向かうことだ」と、シンガポールの雑誌に語った。

1992年:カート、ガンズ・アンド・ローゼズとのツアーを拒否
カートの挑発にめげず、アクセルはガンズ・アンド・ローゼズのツアーにニルヴァーナを同行しようと決めた。「ガンズ・アンド・ローゼズはメタリカとのスタジアム・ツアーを予定していて、俺たちにオープニング・アクトをやらせたかったんだ」と、デイヴ・グロールは後に回想している。「だから、アクセルはカートに何度も何度も電話してきた。いつだったか、空港を歩いてた時、カートが、"クソ! アクセル・ローズからの電話が鳴りやまねえよ"と言った」
Translation by Naoko Nozawa

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