ボブ・ディラン、1970年代以降の名曲ベスト10

ANDY GREENE | 2016/04/09 12:00

| Photo by Frank Lennon/Toronto Star via Getty Images |

1960年代に一つの時代を作り出したディランの1970年以降の名曲とは?『ハリケーン』、『ノット・ダーク・イェット』、『嵐からの隠れ場所』を抜き一位に輝いた曲は?

ボブ・ディランのキャリアにほとんど注目したことのない人は、彼を1960年代の産物、つまり時代の流れに乗って『ライク・ア・ローリング・ストーン』を歌い、現在はオールディーズ歌手として快適な地位に落ち着いたフォークシンガーだと思っている。しかし、多くのディラン・ファンは、彼が1970年以降も驚くほど素晴らしい曲を大量に作り続けていることを知っている。ディランは、今なお第一線で活躍するアーティストだ。ミュージケアーズのスピーチ(「ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー」を授賞したディランが、2015年2月6日に受賞式で行ったスピーチ)からも分かるように、ディランには変わらぬ反骨精神があり、言いたいこともまだたくさんある。今回の読者投票では、1960年代後のボブ・ディランの好きな曲を募った。結果は以下のとおりだ。

第10位:『ブラインド・ウィリー・マクテル(Blind Willie McTell)
アーティストは、自分の作品の最良の審査員にはなり得ない。その後のキャリアを決定付ける最高傑作だと思ってもヒットしない曲はあるし、急いで量産し、結局スクラップ室行きに格下げしたような曲が、世に出れば失われた宝石のように称賛されることもあるかもしれない。1983年の『ブランド・ウィリー・マクテル』を見てみよう。この曲は、『インフィデル』の制作中に収録されたが、アルバムから外された。一方で、『ユニオン・サンダウン』や『マン・オブ・ピース』といった明らかに平均以下の曲はアルバムに収められている。幸い、この曲はその後すぐブートレッグ・シリーズに拾われた。1984年、ローリングストーン誌のカート・ローダーにディランはこう語っている。「良い曲だとは思わなかった。でも、なぜあの曲が俺の手を離れて世に出たのかは分からない。他の誰かがリリースしたがる曲とも思えなかった」


ブートレッグ・シリーズの選曲に関わるのが彼だけではないという点でディランの認識は間違っていたし、ほとんどの人は、この曲に対するディランの評価の低さも間違いだったと感じている。この曲は、1991年の最初のブートレッグ・アルバムでようやく日の目を見た。そして、ディランがライヴで演奏するようになったのは、ザ・バンドがこの曲に新しくアレンジを加え、1993年のアルバム『ジェリコ』に収録した後だった。ディランはようやくこの曲を受け入れ、その後、繰り返しライヴで演奏している。

第9位:『天国への扉※1973年リリース(Knockin’ on Heaven’s Door)』

1973年の夏までに、ボブ・ディランは過去の人として忘れ去られようとしていた。最後のオリジナル・アルバムのリリースから既に3年が経過していた。時々ザ・バンドのライヴのステージに立ったり、バングラデシュ難民救済コンサートには参加したが、それ以外はほとんど人前に姿を見せなくなっていた。そんな中、ディランはサム・ペキンパー監督による『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』への出演を快諾し、映画のサウンドトラックにも数曲提供することになった。ロサンゼルスのスタジオでロジャー・マッギンと収録した『天国への扉』は、明らかにこのアルバムのハイライトだ。人生の幕を閉じる寸前の、くたびれたガンマンを描いたこのシンプルな曲は、映画にぴったりはまった。そしてディラン待望のヒットとなり、翌年のカムバックツアーにつながった。その後、エリック・クラプトンからガンズ・アンド・ローゼズ、アヴリル・ラヴィーンまでもがこの曲をカヴァーしている。
Translation by Satoko Cho

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