オバマが語る最後の挑戦(後編):気候変動に立ち向かう

By JEFF GOODELL
Photo by Isaac Brekken/Getty Images for National Clean Energy Summit

―あなたは、世界最大の経済大国兼世界最大級の汚染大国のリーダーです。気候変動はどんな面を持つか想像できず、全人類に影響を及しかねません。こんな破滅的災害を回避する責任に、あなたはどう向き合いますか? この災害はあなたの娘さんが生きている間に起きるかもしれません。


それについてはいろいろ考える。マリアとサーシャのこと、その子供たちのことも。
大統領になって一番良かったのは、いろんな場所を旅して、ほとんどの人にはチャンスがない特別な所から世界の神秘を眺められることだ。昨日海に出てフィヨルドをまわった時は、ラッコが仰向けになって腹で貝を割って食べていた。ネズミイルカが海面から飛び跳ねていた。クジラが潮を噴き上げていた。そういうのを見ると"ぜひ孫たちにも見せてやりたい"と思う。

ハワイには毎年帰っている。可能なら、休暇はハワイで過ごしたいと思っている。子供たちがシュノーケリングをする時は、私自身が5歳か8歳の頃に見たのと同じものを見せてやりたい。私は子供時代のかなりの時間をインドネシアで過ごした。私の子供たちにも、森を歩いたり、古代の寺院に突然出くわしたりするような経験をいくらかでも味わってほしい。

次の世代に残すものを考え始めるのは、大統領だからではなく、歳のせいだろうね(笑)。休暇中に読んだ本に、エリザベス・コルバートの『6度目の大絶滅』があった。素晴らしい本だった。突然大変化は起こり得ると明示されていた。可能性の範囲外にあることではない。過去にも起きているし、また起こり得る。
"この問題に対して、自分ができる限りの方法で取り組まなければ"と感じさせられる。ただ大統領としては、ひとりで勝手に進めないことも肝心だ。発電所ルールを定めて大きく前進したが、まだ不十分だ。燃料基準を2倍に引き上げたがそれでも満足ではない。我々はエネルギー研究開発への投資を3倍にすべきだ。だが議会の協力がなければできない。

だからこそ私は、"アメリカ人全員が同じ切迫感を持たなければならない"という考えにいつも舞い戻るのだ。科学そのものが抽象的に感じられるため、今はまだ彼らがそこまで到達していないのは了解できる。だが年々、具体的に感じられるだろう。記録的な山火事の発生や、西部の半分が極度または重度の干ばつに陥っているという事実によって、理解は進むかと思う。ワシントン州の人々なら、3人の消防士の命が悲劇的に失われ、州の広範囲が焼失したのを見ているだけに、よりわかってもらえると思う。フロリダで満潮のたびに洪水が起きている地区の人なら、もっと同意すると思う。


認識が進むとともに、アクションを起こした方が安く上がるという認識が生まれる。ただ、何年も先まで効果が出ない投資を今日やるように説得するのは、政治で一番難しいことのひとつだ。


私が特に強調しようとしてきたのは、実際に今、コストが発生し始めていることだ。我々は消防に年間約10億ドルを使っており、自然火災のシーズンはほんの数十年前と比べて2カ月半も伸びている。学校や道路の補修に使えたはずのお金、人々が自分たちの家計に使えたはずのお金が消防に回っているのだ。

カリフォリニアの人々は、それぞれの生活の中で変化を強いられた。農業経営者は、灌漑についての考え方をまるっきり変える必要があると認識した。今後はそういったものに投資する必要が増えてくるだろう。

今、我々は気候変動をお金と結びつけられる地点に辿り着こうとしている。10年前なら正しくなかったかもしれない。あるいは少なくとも結びつきが今ほどはっきりしていなかったかもしれない。これは問題を認識する良い機会だ。


政治システムはこういった問題をあいまいなデータや科学だけで処理できると考えるかもしれないが、残念ながら現状とは異なる。人々が実際にそれを目で見、肌で感じ、呼吸する必要がある。そうすれば少しは恐ろしくなるはずだ。既に多くの時間を失っているのだから。しかもそういった経験は、アメリカだけでなく、国際的に一種の政治的コンセンサスを築くチャンスになる。このとてつもなく大きい問題を解決するには、それが必要となるだろう。

だが、私は楽観的に話を締めくくりたい。テクノロジーはそこにある。完全な対策をとるにはまだ足りないが、今ある知識と道具を使って、今後20年の間に大きく進歩することができる。その間、研究開発に十分に投資をしていけば次の飛躍も可能だ。経済の成長や発展、雇用創出などと両立しながら、テクノロジーを進歩させるやり方は存在する。


一方を追求すると、他方を犠牲にするしかない場合がある。それを十分に認識して進めることが重要だ。クリーンエネルギーへの移行のためには酷な選択が求められる。ダーティエネルギーの従来型システムに頼る人々には、局地的な影響もあるだろう。そういった共同体の移行を手助けすることはできるが、全員が一緒になって取り組んでいる認識が必要になる。


ウエストヴァージニアの老朽化した石炭街からかけ離れた場所にいる環境保護活動家が、「もうやめろ」と訴えるだけでは不十分だ。アラスカのような州に対し「君たちの州は美しいのだから、もうやめろ」と訴えるのも同様だ。その場へ行って人々と話し合わなければならない。ややこしい問題をどう解決するか、この移行からみんなが恩恵を受けるにはどうすればいいか、移行にコストがかかる場合、一部の人だけが負担する形にならないようどう協力し合うか、といったことを話し合わなければならない。


それは国際的にも言えることだ。インドの首相と話し合いながら、インドではまだ数億人が貧困状態で、電気も十分に通っていないという事実を無視することはできない。彼に排出量を抑える積極的な計画を出してもらうなら、環境を汚染しない発電の戦略を進んで提示しければならない。その場合、技術の移行や、より効率的に発電するため、システムを近代化する手助けも必要になるかもしれない。
Translation by Takamune Murase

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