オバマが語る最後の挑戦(後編):気候変動に立ち向かう

By JEFF GOODELL
Photo by Isaac Brekken/Getty Images for National Clean Energy Summit

―(司教へ送る)回勅で、ローマ法王は自ら言うところの"進歩の神話について語っています。強欲と物質主義は地球を破壊しつつあるというのが基本的な主張です。この見解をどう解釈しますか? 気候変動に対処しようとすると、究極として資本主義の基本的理念の再考を迫られると思いますか?

歴史を振り返ってみると、市場を中心としたシステムが、人類史上考案されたほかのシステムと比べて何倍もの富を生み出してきたことには異論の余地がない。マイナス面を差し引いても世界のためになってきた。

我々自身の生活に目を向けると、アメリカでは生活水準が変わった。中国やインドでは、何億人もの人々が貧困状態から抜け出した。そういった事実を軽視するわけにはいかない。子供が十分な食糧に恵まれ、死の病を防ぐ医薬品があり、風雨をしのぐ屋根を備え、子供を学校に通わすゆとりが持てるなら、それはひとつの正義であり、私の倫理観にもかなうことだ。市場を中心としたシステムそのものを非難するのは誤りだと思う。


どんな資本主義システムであれ、"外部性(ある経済活動がほかの活動にも影響を及ぼすこと)"を生み出し得る。しかし、それを無視した心ない自由市場原理主義は、重大な問題を招きかねないと私も思う。ひずみを緩和し、システムの大きな失敗に対処するのが政府や社会の仕事だ。その点について、市場経済学者間の異論はない。アメリカでも世界のどの国でも、標準的な経済学のテキストを開けば詳しく書いてある。

環境汚染は常々、典型的な市場の失敗とされてきた。外部性は捕捉されず、システムも対応していない。にもかかわらず、あらゆる人に影響を及す。今、我々が目指しているのは、60年代と70年代のロサンゼルスにおけるスモッグや、カヤホガ川の水質汚染問題と同様、気候変動は重大な市場の失敗と訴えることだ。大気汚染防止法や水質汚染防止法で空気と水をきれいにできたこと、巧妙な規制によって酸性雨問題やオゾン問題の拡大に対処できたことと同じように、我々は気候変動に対処することができる。


異なっているのは、こういった過去の環境汚染問題はいくぶん局地的であり、世界中に広がってあらゆる人を危機にさらす可能性がなかったという点だけだ。今は過去のケースにはなかった時間との闘いに追われているが、問題の本質はそれほど変わらない。

大きな市場の失敗を解決するためには、幅広く人々と話し合い、皆が"これは我々が日々事業を行ううえで考えるべきことだ"との合意に達する必要がある。そうして初めて、企業は利潤を得る方法を見つけ出し、雇用も創出される。実例としては風力発電業界が挙げられる。消費者は光熱費を節約すること、電気使用量を減らすことに関心を持っているのだ。


私は問題を解決できると楽観的に考えている。しかし、政治が事実に追いつく必要がある。現在この国は、政治が大きな混迷期に入っている。議会は交通法案を通すのに苦労しており、こんな大きな問題を解決できる状況ではない。我々行政はさまざまなアクションが求められている。だから私はここへ来たのだ。
歴史的には、政治が事実に追いつくのは人々が深い関心を持った時だ。L.A.で息が吸えなくなり、カリフォルニア州が"触媒コンバーターを車に付けてください"と言い出した時だ。カヤホガ川で火災が起き、オハイオの人々、最終的には全米の人々が“自分の手に負えなくなっている”と言い出した時だ。


オバマ大統領がアラスカ原住民のリーダーたちと共にマスコミへ発表をしている様子(Chuck Kennedy/White House)
Translation by Takamune Murase

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