オバマが語る最後の挑戦(前編):気候変動に立ち向かう

By JEFF GOODELL
Photograph by Mark Seliger

次の訪問先はコツェブー。途中、オバマはキバリナ島の状況を見るため、島の周りをぐるっと回って飛ぶように指示した。キバリナは、アラスカ先住民の住む沿岸部の村に気候変動が及ぼす破壊的影響を象徴している。そこでは、永久凍土の融解で土壌が不安定になり、住居の崩壊が起きつつある。また、海水面の上昇で島自体が消滅の危機にある。キバリナの約400人の住民は途方に暮れている――村を本土の高台に移すには推定1億ドルがかかるとされており、現時点では州も連邦政府も費用を負担しようとはしていない。だがキバリナは、アラスカ沿岸で差し迫った危機にさらされている十数の集落のひとつにすぎない。


エアフォースワンから見たキバリナ島(Pete Souza/White House)

コツェブー(人口3200人)に着陸したのは、午後5時頃だった。オバマは空港の路面でノースウエストアークティック郡のレギー・ジュール郡長の挨拶を受けた。その後、各自が指定の車両に乗り、隊を成して高校へと向かった。風雪に痛み、今にも崩れそうな途中の家々の窓に米国旗が吊るされ、前庭には壊れた犬ぞりが置かれていた。長く暗い冬は気温が摂氏マイナス70度近くまで下がる。大都市につながる最寄りの道路まで720キロという環境は、どれほど過酷だろうか。西へ270キロのベーリング海峡を渡った先は、もうロシアだ。

車列はコツェブー・ハイスクールで停まった。鉄筋の大きな校舎には大統領を歓迎する垂れ幕が掛けられ、屋上には狙撃手がうろついている。バスケットボールチームのコツェブー・ハスキーズの青と金色で彩られた体育館には1000人ほどが集まった。オバマは気候変動や極北の神秘についてリラックスした様子で語り、北極圏を訪れた初めての現職大統領として、歴史に名を刻めたことを明らかに喜んでいるようだった。ウォーレン・ハーディング大統領が1923年の周遊中にアラスカに2週間滞在したことがうらやましいと言い、「そんなに長く議会を留守にはできない」のですぐ帰らなければならないと説明した。

交流が終わると、私は政府のスタッフに連れられ、ガランとした教室に入った。中央には大きな丸テーブルが置かれ、青いプラスチックの椅子が2脚ある。天井からは工作紙で作った雪の結晶が吊るされ、ドア付近ではシークレットサービスが見張りを続けている。オバマが入って来た。握手し、この日のフライトについて少し言葉を交わした後、オバマは片方のイスに座って言った。「さあ始めよう」。それから1時間以上話し合った――今回の旅の間、公の場での発言の多くに見られた明るさは消えていた。口調を抑えながらも、人類文明の運命は自分に委ねられていると(決して見当違いではないが)言わんばかりの真剣さで語ってくれた。感情が垣間見えたのは、インタヴューの終わり近くに、「急速な気候変動の結果、世界が失いつつあるものに悲しみを覚えるか」と尋ねた時だけだった。彼はほんの一瞬目をそらし、遠くを見つめた。今後数十年の間に起こることを想像するのは、とても耐えがたいとでも言うように。
Translation by Takamune Murase

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