有名バンドの知られざる「ひどい」オリジナルネームランキング 

Eveline Chao, Dan Epstein, Brandon Geist, Andy Greene, Kory Grow, Brittany Spanos, Christopher Weing | 2016/03/24 19:00

| Photo by GAB Archive/Redferns; JA Barratt/Photoshot/Getty Images |


7位 バーン・ザ・プリースト / Burn the Priest

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最終的な名前:ラム・オブ・ゴッド / Lamb of God


ラム・オブ・ゴッドのランディ・ブライは、99年にバンド名を変更した理由について、こう話した。「バーン・ザ・プリーストなんて名前だと、額に"悪魔"と烙印を押されてしまうからさ」バージニア出身のネオスラッシュ・メタル・バンドは5年もの間、この扇動的な名前で活動を続け、99年にはセルフタイトルのアルバムさえリリースしている。当然ながら、この過激な名前は最初は人々の注目を集めたが、そのうちにグループの妨げとなり、次第にサタニズム的なブラック・メタル・バンドと見なされるようになった。99年のメンバー変更を機に、彼らはラム・オブ・ゴッドと名前を改める。ブライはこの名前について、「以前より多少は衝撃が和らいだんじゃないかな」と述べている。その後、彼らは世界を代表するメタル・バンドの一つとなったが、皮肉なことに、この名前のせいで多くの会場で出演を禁じられるようになった。

6位 レインボー・バット・モンキーズ / Rainbow Butt Monkeys

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最終的な名前:フィンガー・イレブン / Finger Eleven


03年リリースの『ワン・シング』以降、ポスト・グランジのヒット・メーカーとなったフィンガー・イレブン。レスター・B・ピアソン・ハイスクールの同級生だったメンバーは、この馬鹿げた、ウェインズ・ワールドに出てきそうな名前では、バンドの活動にも限界があると気付くだけの分別があった。当時、ハード・グルーヴィンでチリ・ペッパーズのような、スラッシュ・ファンクに似たスタイルだった彼らは、ついにマーキュリー・レコードとの契約に成功し、『Letters From Chutney』を発表。97年になると、暗号風な新しい名前と共に、その音楽性もムーディなサウンドへと転換を遂げる。だが残念なことに、テレビ司会者のジェイ・レノが"レインボー・バット・モンキーズ"と紹介する機会は訪れなかった。

5位 ザ・シュリンキー・ディンクス / The Shrinky Dinks

Photo by Stephen Lovekin/Getty Images for Best Buddies

最終的な名前:シュガー・レイ / Sugar Ray


南カリフォルニアのパーティ・アニマル、シュガー・レイは、もともとザ・シュリンキー・ディンクス(後にShrinky Dinxに綴りを変更)という名前で活動していた。オーブンで加熱する子供用の工作キットから取ったもので、思いつく限りで最もくだらないオモチャだったからだという。契機を得た彼らが94年にアトランティック・レコードと契約すると、このたちの悪い名前がシュリンキー・ディンクスの製造元であるミルトン・ブラッドリーの怒りを招き、告訴の警告を受けることになる。これを受け、マーク・マッグラスをはじめとするメンバーは、シュガー・レイ・ロビンソンにちなんだ名前に変更。かのボクサーは何か言いたくても、この頃にはとっくに亡くなっていた。

4位 トニー・フロー・アンド・ザ・ミラキュラスリー・マジェスティック・マスターズ・オヴ・メイへム / Tony Flow and the Miraculously Majestic Masters of Mayhem

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最終的な名前:レッド・ホット・チリ・ペッパーズ  / Red Hot Chili Peppers


アンソニー・キーディスは、6音節のレッド・ホット・チリ・ペッパーズより更に扱いにくい以前のバンド名について、「それがまさしく俺たちが目指していたものなんだ、壮大で無秩序な音楽」と説明する。83年、ベースのフリー、ギターのヒレル・スロヴァク、そして地元で一目置かれていたアンソニー・キーディスは、ロサンゼルスのリズム・ルームでライヴの前座をやらないかと、ある友人に持ちかけられる。そして同年の2月、トニー・フロー・アンド・ザ・ミラキュラスリー・マジェスティック・マスターズ・オヴ・メイへムは2つのライヴに登場した。「俺は、膝下まであるペイズリ―柄のコーデュロイのローブに、蛍光オレンジのハンチングという恰好だったよ」キーディスは初めてライブに出演した晩についてこう語っている。「その晩は完全にしらふだったのにな」

Translation by Aki Urushihara

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