映画『キャロル』制作の裏にある真実の愛の物語とは

「ハージのような人が理解しなくても構わないと私は思う」ナジーは語る。「彼という人間や生きていた時代を考えると、彼の反応は完璧に正当なものだ。脚本家として言うとね」。『キャロル』が現代的に見えるのであれば、それは主としてこれがゲイであることに苦しんでいる人のドラマではなく、それを受け入れようとしているストレートの人のドラマだからである。『キャロル』にも『The Price of Salt』にも"レズビアン"や"ホモセクシャル"という言葉やそこから派生する言葉は出てこない。






1987年9月、作家パトリシア・ハイスミス(Photo by Ulf Andersen/Getty Images)




ハイスミスはその後の人生においてこの作品に対して相反する感情を持っていた。1983年にはナイアド・プレスというレズビアンの作品を出版する会社が、この作品をクレア・モーガン名義で出版するのに2000ドルを、もし彼女自身の名前で発表するなら5000ドルを払うと申し出た。ハイスミスは2000ドルを受け取った。ハイスミスが母校バーナード大学の同窓会誌の執筆者がこのテーマについて尋ねてきたとき、彼女はこう返信した。「クレア・モーガンについてはなるべく明かさないほうがいい。特に出版物の中では」。大抵の人の話では、彼女は魅力的だが無神経で常に酒を飲んでいたと言われている。誰かと長く恋愛関係を持つことはなく、あるときにはたくさんいた恋人たちを相対的なメリットでグラフに表したことがあるとも言われる。晩年を要塞のような石つくりの家で過ごした。この家を彼女はとても誇りにしていた。そして死の5年前まで『The Price of Salt』が自分の作品だと主張することはなかった。結局のところこの本は彼女の人生にはそぐわない幻想で満たされていたのだ。

ヘインズは私に『The price of Salt』の遺したものや作品の関連性を考えることはこの作品の感情的な核心部分を捉える上で助けにならなかったと思うと明かした。一方プロデューサーのカールセンは、この作品はハイスミスの原作に忠実であろうとしたと説明する。

問題はこういうことだ。真実に忠実であるということは、原作と映画が同じ状態であるということを意味しているのだろうか? 『キャロル』はハイスミスの作品の文字に従っている。しかしそのスピリットはその外を漂っている。ハイスミスの人生と彼女の作品の狭間、今、アメリカ社会でゲイとして生きることと1952年に生きることの間にある、より広い総体的な話なのだ。

『The Price of Salt』を読むと私は、原稿を書き終えたばかりの若き日のパトリシア・ハイスミスが謎の女性の住所が書かれた紙を握りしめ(もちろん彼女はそれを取っておいたのだ)、ニュージャージー行きのバスに乗っているところを思い浮かべずにはいられない。『キャロル』の本当の物語では最後、ハイスミスがその家を見つけ出す。彼女はそれを遠くからじっと見つめる。しかし訪ねて行って扉をノックすることはできないのだ。






キャロル


監督/トッド・ヘインズ 出演/ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ


TOHOシネマズ みゆき座ほか全国公開中


配給・宣伝:ファントム・フィルム


http://carol-movie.com





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Translation by Yoko Nagasaka

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