ワンダフル・クレイジー・ナイト

エルトン・ジョンのスタジオレコーディング32作目は、喜びに満ちた回想から始まる。アルバムのタイトルトラックとなっている『ワンダフル・クレイジー・ナイト』で、“忘れられないこともある/心を摑んで離さないこともあるんだ”と歌うジョン。ひと目惚れに始まり、その後永遠に続く愛について、粋な感じで振り返っていく。作詞は長年共作しているバーニー・トーピン。歌詞に合わせてジョンの曲もレトロな雰囲気だ。ジェットコースターのように疾走感溢れるピアノとR&B調のソロは、きらびやかな往年の名曲『ホンキー・キャット』や『クロコダイル・ロック』を彷彿させる。現在68歳(3月25日で69歳)であるジョンは、自身の正攻法であるやり方からはずれることはめったにない。とはいえ、本作には活力がみなぎっており、真剣に取り組んだ様子が伺える。彼ほどのキャリアを持つアーティストにとって、これはかなり特別なことだ。ジョンはトーピンが想像する世界を、まるで自分の思い出であるかのように生き生きと描いていく。その情熱には、聴く者も納得させられてしまうだろう。

 ジョンはここ数年、原点に戻ったアルバムを作ってきた。本作『ワンダフル・クレイジー・ナイト』は、その最新作となる。レオン・ラッセルとコラボレーションした2010年のアルバム『ザ・ユニオン』、2013年リリースの『ザ・ダイヴィング・ボード』に続いて、共同プロデュースを務めるのはT・ボーン・バーネット。前作『ザ・ダイヴィング・ボード』は憂いに満ちたバラードが多かったが、本作は初期のアルバムに近く、揺れ動く感情を描いたアーシーな雰囲気漂う作品となっている。

『イン・ザ・ネイム・オブ・ユー』は、ブルージーなピアノのリフに合わせてゆっくり進行する曲で、古いつき合いのギタリストであるデイヴィー・ジョンストーンもジョンのピアノに歩調を合わせている。『クロー・ハマー』はそんなジョンストーンがタイトルのクロー・ハマー(釘抜き付きのハンマー)のごとく割って入って来る楽曲。彼が使用するザ・バーズのような12弦ギターは、湿った感じになりがちの曲を明るくするのに役立った。『ア・グッド・ハート』では、ジョンとバーネットがトーピン作の懇願するような歌詞にビートルズ的捻りを加える。ホーンを従えたサザンソウルになっており、『アビイ・ロード』からの1曲と言ってもいいくらいだ。

『ブルー・ワンダフル』『ルッキング・アップ』『タンバリン』といった楽曲で、地上で楽園を維持するのがいかに難しいか表現するジョン。これらは彼のグレイテストヒッツに匹敵する内容だ。特に『タンバリン』は、『黄昏のレンガ路』に収録されていてもおかしくはない。

 本作の音楽には熟練の歩みと重みが加わっている。ジョンのヴォーカル・パフォーマンスのおかげもあって、彼の最も優れたアルバムの一枚に仕上がった。それでは総括。“本作は、価値ある内容だ”。

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