【震災から5年、福島の現在】TOSHI-LOWと見た帰還困難区域 浪江町の現状

By Joe Yokomizo 2016/04月号 P106〜109 |
帰還困難区域にあたる浪江町の山本牧場を訪れたBRAHMANのTOSHI-LOW(ローリングストーン日本版2016年4月号掲載)
ローリングストーン日本版2016年4月号掲載
特集:震災から5年、福島の現在
TOSHI-LOWと見た帰還困難区域 浪江町の現状


福島第一原発の取材から約3週間、再びいわき駅に降り立った。今回の目的はBRAHMANのTOSHI-LOWと帰還困難区域にあたる浪江町の山本牧場を訪れることだ。駅前でレンタカーを借り、国道6号を北上して待ち合わせ場所の浪江町役場を目指す。この日は天気も良く、6号線沿いの景色は穏やかそのもの。それでも原発10キロ手前の富岡町に入ると景色は変わってくる。放置された建物、人のいない街。去年も同じ時季、震災から4年目を迎える福島をレポートしようと6号線沿いを取材をしながら北上した。その時に寄った、富岡駅周辺にもう一度立ち寄ってみる。去年は地震と津波で倒壊した建物が放置されたままだったが、1年振りに訪れると概ね建物は撤去され、整地された景色が眼前に広がっていた。レンタカーのナビゲーションには富岡駅は出てこない。かつてあったこの駅はデータの上では無きものだ。土地は整備されたとも表現できるが、いろいろなものが消し去られてしまったとも言える。そう思うと複雑な心境だが、地元の人達はもっと複雑なはず。同行したスタッフに何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。

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震災5年目の旧・富岡駅前。整地が進んでいた

福島第一原子力発電所がある大熊町〜双葉町に入ると、さらに荒涼とした風景になる。国道沿いの家の前はすべてバリケードで封鎖されている。また、6号線から枝分かれする通りもすべてバリケードで封鎖され、侵入することができない。取り残された店は震災当時のままで、ガラス越しに見える店内は、商品が陳列されたまま、まるで朽ちていくのを待っているようだった。ちなみに6号線は車両通行は可能だが、一時停止することはできない。また線量を考慮し、バイク、自転車、歩行での通行は許可されていない。

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