MIYAVIがハリウッド映画で感じた日本人の対話力の必要性

By Joe Yokomizo 2015/05月号 P24〜28 |
ローリングストーン日本版2015年5月号掲載(Photoby Keibun Miyamoto)
ローリングストーン日本版 アーカイヴ・インタヴュー
2015年5月号 表紙巻頭インタヴュー MIYAVI(前編)
僕自身、ストーリー、原作を読んで、日本人としてやっぱりやるべきかどうかすごく考えました。

4度目となるワールドツアーに、ロサンゼルスへの移住、アンジェリーナ・ジョリー監督作品『アンブロークン』への出演、そのプロモーションでのアメリカやヨーロッパへの旅。2014年、MIYAVIは文字どおり、世界を席巻した。その後、秋から今年にかけてナッシュビルとロサンゼルスで制作に入り、2015年4月15日、2年ぶりとなる待望のニューアルバム『The Others』をリリースした。ギターをテレキャスターへと変えて、大海原へと身を投じたサムライ・ギタリスト、その視線の先には何があるのか。世界を知るからこそ思う母国、日本への思いを語る。

─今、住まいは?

ロサンゼルスですね。

─もう完全に拠点はあっちなんですね。

東京にもオフィスと住まいはあるので、2拠点って感じです。当分は行ったり来たりですね。

─ここ最近は、海外での時間のほうが多かったですよね? ツアーも制作もあったわけで。

去年は4回目のワールドツアーを終えて、ファイナル東京公演の直後に移住して。とにかく夏がもうひっちゃかめっちゃかでした。結構ギリギリで決めたんで、住む所も決めなきゃいけないし、娘の学校もそうだし。あと、制作。ちょうどジャム&ルイスともその頃やり始めて。プラス、映画のプロモーションで、それこそ雑誌の撮影だけで、『Interview』マガジンとかでヨーロッパへ飛んだり、ニューヨークへ飛んだり。で、フジロックで日本に帰って来て、モントルー(・ジャズ・フェスティバル)でスイスへ飛んだりとかして、もう、ぐっちゃぐちゃでしたね。ほんとにいっぱいいっぱいで、映画(後述の『アンブロークン』のこと)のプロモーションのために英語でのメディア・トレーニングみたいなのもやりながらだったので、とにかくいっぱいいっぱいでしたね。

─ハードだった。

うん。例えば娘の学校ひとつとっても、言葉も違えば、文化も違う、システムもまったく違うじゃないですか。特に言葉はデカい。娘の担任の先生と話すだけでいちいち緊張したり(笑)。とにかく余裕がなかったんですよね。で、夏が終わって映画のプレミアでオーストラリア、ロンドン、ニューヨーク、ヨーロッパ各国まわって、ロスで最後のプレミアを終えて、日本に一瞬、3日間だけ紅白(歌合戦)で帰って来て。そのタイミングでやっと全部吹っ切れたというか、いろいろずっと引きずってたものもあったし。紅白のSMAPさんのオファーのおかげで映画の撮影が終わってから行けてなかった靖国にもお参りできて、いろいろ整理ができたというか。気持ちもそうだし、時間もそうだし。で、そのまま年始の夜に飛んで、年始にロスでちょっと過ごしてから、ナッシュビルでこのレコーディングを始めた感じですね。

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