マドンナ ミュージックビデオベスト20:監督が明かす制作秘話

By Christopher R. Weingarten, Maura Johnston, Jason Newman, Bilge Ebiri
マドンナ ミュージックビデオベスト20(RollingStone)
MTV時代の一匹狼とコラボレートした監督たちがそれぞれの物語を明かす。

1983年に詩的でローファイな『バーニング・アップ』でMTVに嵐のように登場して以来、

67本のビデオクリップ(これはポップ音楽史の中で最もめまぐるしく移り変わってきたものの一つである)を形にするのにマドンナは最も著名なビデオアーティストやフォトグラファーたちとチームを組んできた。その中にはデヴィッド・フィンチャー、ジャン・バプティスト・モンディーノ、ハーブ・リッツ、マーク・ロマネク、クリス・カニンガム、ステファン・ セドゥナウィ、ジョナス・アカーランド、リュック・ベッソンらがいる。

「マドンナは獲得すべき存在だ」。90年代半ば、彼女の『テイク・ア・バウ』と『愛をこえて』のクリップを監督したマイケル・ハウスマンはこう語る。「一番放送されるのはミュージックビデオだ。ある意味、映画を一本発表するよりも重要だ。映画よりも多くの人がビデオを見ていたのは、確実だ」。

昨年、米ローリングストーン誌のカバーを飾ったマドンナを祝福するために、歴史上最もアイコニックな(そして最も論争を巻き起こした)彼女のミュージックビデオの監督たちにその制作秘話を聞いた。
今週末にレベル・ハートツアーで来日を果たすマドンナ。ワクワクが止まらない日本のファンのためにこの記事を掲載する。

20『ハング・アップ』(2005)

アルバム『コンフェッションズ・オン・ア・ダンスフロア』からのリードシングルでABBAの楽曲をサンプリングした作品である。このクリップを撮影する予定だった数週間前、マドンナは乗馬中の事故で8箇所を骨折してしまう。しかしこの事故のせいで、彼女がビデオの中の自分の出演シーンをジョン・トラボルタへのオマージュにするのをやめることはなかった。3時間に渡って撮影されたものの中から、彼女が長袖のピンクのレオタードを着てリハーサルスタジオで楽しげに踊るシーンがいくつか選ばれた。撮影の合間、マドンナは痛みのせいでしばしば休憩を取らなくてはいけなかった。「彼女は本当に逞しい人だ」と監督のヨハン・レンクは2006年、MTVニュースで語った(彼は直前に降板したデヴィッド・ラシャペルの代わりに監督を務めた)。「彼女は落馬したばかりだったんだ」。ビデオの残りの部分はしなやかなメロディに合わせてグルーヴするレストランの従業員、バス停で待つ人、熱狂的なパルクールのパフォーマーたちとともに、団結力としての音楽に捧げられた。「深く考える時間も賢くなりすぎる時間もなかった、というのが気に入っていた」とレンクは語る。「危険な状態に陥り、自分が何をしているのか、なぜそれをしているのかわからないという状況が好きだ。ただ行動する、大騒ぎになる。そういうことだよ」

19『フィーバー』(1993)

「基本的にやってみたかったアイデアは彼女を燃やすことだったんだ」と監督のステファン・ セドゥナウィは語る。「マドンナはジャンヌ・ダルクのような存在だ、というのが僕のコンセプトだった。彼女を挑発的な聖人、ずばりと真実を口にする人、そしてそのために火やぶりにされることも辞さない人にしたかった。レコードレーベルのマーヴェリックの重役が、僕が彼女を本当に燃やすことになるんじゃないかと心配していたのを覚えている。マドンナもマーヴェリックのボスだったけれど彼女の周りには人がいたから。彼はこれが彼女にとって非常にマイナスイメージになると思っていた」。マドンナがクリップの中で燃やされることはなかったが(「彼女はもっと、眩く光っているような感じだよね?」とセドゥナウィは言う)マイアミでの2日間に渡る撮影の後、彼女はレッド・ホット・チリ・ペッパーズの『ギヴ・イット・アウェイ』やU2の『ミステリアス・ウェイズ』のミュージックビデオを手がけた情熱的な目を持つ監督から、幻覚を起こしそうでコントラストの強い最終的に編集されたものを渡され、この挑戦に目を通した。クリップはめまいを起こすようなズームに溢れている。そしてマドンナの赤いウィッグから金色のドレス、銀色に塗られた全身に至るまで色に満ちている。

監督 ステファン・セドゥナウィ: 
ブルースクリーンの前で撮影するのはマドンナにとってこれが初めてだったと思う。1日かかったよ。彼女は「わかったわ。私は7時には離れるから」って感じだった。でも彼女が僕にプレッシャーをかけることはまったくなかったよ。「彼はとても若くてエネルギーに満ちているわね」って感じだった。彼女はとてもとても優しかった。

僕は銀色に塗られた彼女が好きだ。彼女は何か極めてクラブ風のものを求めていたんだと思う。ミックスがクラブ風だからね。僕は雑誌『ザ・フェイス』誌とたくさん仕事をしていて「ポップカルチャー」のアーティストらしいイメージを豊富に持っていた。だから彼らは「ステファンなら、我々の知っているマドンナではない、他の種類のマドンナらしい何かをやるのに最適だ。もっとポップでディスコチックでクラブ風なものをね」と思ったんだと思う。だから彼女は徹底的にやってくれたんだと思う。「さあ、全身に色を塗りましょう」って感じにね。
Translation by Yoko Nagasaka

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