ジョン・スペンサーが語る人生の10曲 

By Christpher R. Weingarten
Photo: (Robin Little/Redferns/Getty)

ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン「ベルボトム」(1994年)
94年の『オレンジ』以降、いろいろ変わったけれど。僕らはいつもただコツコツやっていただけだった。努力して、本当に一生懸命やって、作りたいと思ったレコードを作り、ツアーをした。僕らが何かを超えられたとすれば、それはハードワークと、汗と、演奏と、人々を熱狂させたことを通じてできたことなんだと思いたいんだ。そう、いろいろ変わったけど、名誉とか、レコード会社がキャデラックで迎えに来るとか、エリック・クラプトンとかからディナーの誘いがくるなんていうことではないんだ。

「ベルボトム」はそもそも倍くらいの長さがあったんだけど、エンド・セクション全体がレコードではカットされたんだ。ストリングのセクションは、僕が聞いたことがある何かで、それがやりたかった。友達がチェロ奏者とヴァイオリン奏者を知っていたから、その友達にそのパートをハミングで伝えたら、彼はいくつか楽譜を起こしてくれた。それで、その2人の弦楽器奏者を入れて、2度演奏してもらったらサウンドがちょっぴり大きくなったね。

ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン「フレイバー Pt. 1 & 2」(ベック、マリオ・カルダートJr.、マイク・D・リミックス)(1995年)
リミックスを出すのは、ラップやヒップホップへの愛やそこから受けた影響の、ある部分、自然な延長線上にあるんじゃないかな。ビースティ・ボーイズはナイス・ガイで、僕らを数週間前座として連れて行ってくれた。ルーツ、ブルース・エクスプロージョン、そしてビースティ・ボーイズだ。ルーツはファースト・アルバムを出したばかりで、20分程度の枠しかなかった。

リミックス物全般について思うのは、僕らはみんなにテープを送って、みんなが好きなように、したかったことができるように促そうとしてるだけなんだ。でも好きなようにやったらぐちゃぐちゃさ。いくつか元に戻して、余計なエディット作業をしなくちゃならない。たぶん僕はやりすぎなのだろうけど、それって元々俺のレコードだぜ。ざまあみろったら!

『オレンジ』を制作していた頃は、ブルース・エクスプロージョンは人気があったし、いろんなレーベルから山のように誘いがあったけど、僕はちっとも関心がなかった。インディペンデント系のままでいたかったんだ。「なあ、俺らにこのロブスターを買うのか、俺たちをここから追い出すのか」ってもんでもなかったから、ほとんど「ノーサンキュー」だった。でもボス・ホッグについては、クリスティーナ(・マルチネス、ボス・ホッグのメンバーで、スペンサーの妻)は乗り気だった。だからボス・ホッグはゲフィンと契約してDGCレーベルになった。その契約でクリスティーナと一緒にロサンゼルスに行った時、確か「ルーザー」がヒットしていて、ベックが受けるインタヴューすべてだか、いくつかでだか、いずれにしろ彼はプッシー・ガロアがどれだけ好きかを話していたんだ。それで、ゲフィンの誰かから彼の電話番号を聞き出した。電話で頼むと、彼は「もちろんだよ、30 分くらいでかけ直す」ってね。

(オリジナル・バージョンでは)ラジオ・シャックでサクションカップのマイクを買って、電話につなぎ、ベックに電話し直したんだ。「OK、今からコントロール・ルームでマジにでかい音で演ればいい」と。ベックの即興テイクは初めてじゃないかな。曲が終わったところで僕が「おお、すごかったぜ」と言っているのが聞こえるよ。
Translation by Kise Imai

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