名曲『プリティ・ウーマン』生みの親、ロイ・オービソン最期の熱唱を聴く

この日のコンサートは録音されており、この曲のパフォーマンスはこちらでお聞きいただける。



オービソンは1か月ほど前から胸の痛みを訴えていたが、そのまま超多忙なスケジュールをこなしており、翌1989年には大規模なワールド・ツアーも計画されていた。コンサートのわずか2日後、オービソンはテネシー州ヘンダーソンの母の実家で、心臓麻痺で亡くなった。享年52歳だった。

逝去から2か月が経って、新作『ミステリー・ガール』が店頭に並び始めた。このアルバムは評論家の絶賛を受け、シングル曲「ユー・ゴット・イット」は大ヒットとなった。ボノとジ・エッジがプロデュースした「シーズ・ア・ミステリー・トゥ・ミー」も、エアプレイが好調だった。トラヴェリング・ウィルベリーズがデル・シャノンをヴォーカルに迎えて活動を継続するという噂もあったが、1年後にシャノンが自殺を図ったことで話は流れている。短期間ながら4人バンドとして活動を行ったこともあったが、オービソンのいないトラヴェリング・ウィルベリーズに、かつてと同じ輝きは戻らなかった。

Translation by Kuniaki Takahashi

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