名曲『プリティ・ウーマン』生みの親、ロイ・オービソン最期の熱唱を聴く

By ANDY GREENE
Photo: (David Redfern)
1988年、クリーヴランドでのこのコンサートのわずか2日後、オービソンは心臓麻痺で急逝した

1988年12月4日、オハイオ州クリーヴランドのフロント・ロウ・シアターのステージに、ロイ・オービソンは機嫌良く立っていた。オールディーズ・ツアーで20年も演奏し続けてきたオービソンは、この時まさに、キャリアで最も輝かしい1年を終えようとしていたのである。この年の1月、ブルース・スプリングスティーン、トム・ウェイツ、エルヴィス・コステロ、ジャクソン・ブラウンなど、多くのミュージシャンが彼の音楽に敬意を表して、テレビ放送もされた『ブラック・アンド・ホワイト・ナイト』コンサートを開催した。ちょうどその頃、彼は新しいソロ・アルバムをジェフ・リンのプロデュースで制作中だったのだが、そこから話が広がり、結局ボブ・ディラン、ジョージ・ハリスン、トム・ペティも参加してトラヴェリング・ウィルベリーズが結成されたのだった。

トラヴェリング・ウィルベリーズのデビュー・アルバムは10月にリリースされて大ヒットを記録、ビルボード・アルバムチャートで3位を記録した。そこからのシングル「ハンドル・ウィズ・ケア」もラジオやMTVを席巻。また、1979年の『ラミナー・フロー』に次ぐオービソンのソロ・アルバムも完成し、1989年初頭のリリースが決まっていた。こうしたことがオービソンのコンサートのチケット売上を押し上げ、会場のフロント・ロウは超満員となっていた。このショーでは新作は披露されることはなく、「イン・ドリームス」「オンリー・ザ・ロンリー」「ウービィ・ドゥービィ」「クライング」といった過去の名曲で埋め尽くされた。ラスト前には代表曲「プリティ・ウーマン」が演奏された(フィナーレ曲は「ランニング・スケアード」だ)。

Translation by Kuniaki Takahashi

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