ボブ・ディランの巨大な60年代ブートレッグ・シリーズの内側

By ANDY GREENE
Photo: (Michael Ochs Archives/Getty)
『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』、『追憶のハイウェイ61』、『ブロンド・オン・ブロンド』からの未発表オルタネイト・テイクやアウトテイクで、ディランのエレクトリック・サウンドへの転向の軌跡を追う。

1965年1月から1966年2月の間に、ボブ・ディランは最初の3枚のエレクトリック・サウンドのアルバムを制作、これまでのフォーク・ミュージックに決別し、自身のキャリアも、ロックそのものが進む道をも、永遠に変革してしまった。

未発表のスタジオ・アウトテイクを徹底的に網羅したこのボックスセットからわかることは、『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』、『追憶のハイウェイ61』、『ブロンド・オン・ブロンド』を完璧なものへ仕上げていこうとする過程そのものが、完成品と同様に魅力的だということだ。昨年11月6日に発売された『ザ・カッティング・エッジ 1965-1966、ブートレッグ・シリーズ第12集』は、ディランのエレクトリック・サウンドの進化をたどるまさに決定版で、「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」「ライク・ア・ローリング・ストーン」「ジョアンナのヴィジョン」といった名曲の初期テイクやオルタネイト・テイクが初公開されている。

「初期段階では、ほとんどの曲がまだ形になっていなかった」と語るのは、『追憶のハイウェイ61』、『ブロンド・オン・ブロンド』の制作にかかわったオルガン・プレイヤーのアル・クーパーだ。「曲は少しずつ、形をなしていくんだ」。

このコレクションからは、ザ・バーズが「ミスター・タンブリンマン」をフォーク・ロックのヒット曲に仕立てた6か月前に、ディラン自身も可能性を試そうと、この曲をドラムとエレキギターで録音しようとして、なんともぎこちなく失敗していたことがわかる(「ドラムにはイライラする」と彼は最後に口走っている)。また、ディランが『ブロンド・オン・ブロンド』の数曲を、繊細なタッチのナッシュヴィルのミュージシャンに任せる前に、その後ザ・バンドを結成することになるメンバーで録音しようとしていたことも見てとれる。
Translation by Kuniaki Takahashi

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