ショーン・ペンが語る:麻薬王エル・チャポとの会談(前編)


2012年1月、メキシコで人気のあるソープオペラ『La Reina del Sur』で麻薬組織の女王を演じたことで有名な、映画とテレビ界のスター女優ケイト・デル・カスティーリョがツイッターを通じてメキシコ政府に対する不信を表明した。

政府の役人たちとカルテルとのどちらが信頼できるかを問い、彼女自身はエル・チャポを選ぶとツイートした。そして彼女は夢を明らかにした。おそらくそれはエル・チャポ自身へのエールだった。「ミスター・チャポ、愛を持って麻薬の密売を始めるのはクールではありませんか? 病気を治療し、家のない子どもたちには食料を、年老いた人に好きなことをさせて余生を過ごすことを許さない老人ホームには酒を与える。最後には奴隷となってしまう女性や子どもではなく、堕落した政治家たちと不正取引をすると想像してみて。女性たちに煙草一箱の価値もない、売春宿をすべて焼き落としてはいかが? 売り手がいなければ需要もありません。どうしたの、ボス! あなたはヒーローの中のヒーローになるでしょう。愛を持って麻薬の取引をしましょう。あなたはその方法を知っているはず。人生はビジネスであり、人生を変える唯一のものはその製品です。そう思うでしょう?」ケイトは多くの人に疎んじられた。しかしこの意見はメキシコ中で広く共有された。国中で人気を集める、麻薬の売人を歌ったドラッグバラードの歌詞にもなった。しかしこのような民族的な音楽でもてはやされたのとは違い、これはむしろ、彼女がしてきた派手な意見表明や自分の祖国に対する楽観的な夢の延長線上にあるものだった。彼女はそれまで政治やセックス、宗教に対して率直に意見を言ってきた、勇気ある独立性に富んだ精神の持ち主だった。その精神を守るために作られるのが民主主義であり、それがなければその精神は存在しえない。

彼女はこの記事に名前を出すことに積極的に同意し、その勇気を一層明らかにしている。メキシコ政府の中には彼女に反対する残忍な人々と堕落した人々の両方が存在する(実際、ケイトによると政府の高官は彼女の公の場での意見表明に対して、個人的な脅迫で応じたという)。それゆえに、より大きくなった市民たちには自分たちの声を聞こえるようにした人を守るという義務もある。

この地元出身のエンタメ界のアイコンが、シナロアからの逃亡者であり、彼女の一人のファンである人物の興味を引きつけたことはおそらく驚くべきことではないのだろう。ツイッターでケイトの意見を読み、エル・チャポ・グスマンの代理人を務める弁護士がケイトに接触してきた。彼によると、エル・チャポが感謝の気持ちを込めて彼女に花を贈りたがっているということだった。彼女は不安になりつつも自分の住所を教えた。しかしジプシーのような生活をしていたために、花がケイトのところに届くことはなかった。

その2年後、2014年2月にメキシコ海軍の別働隊が13年に及ぶ捜索の末にシナロアのマサトランのホテルでエル・チャポを逮捕した。逮捕の瞬間の映像が全世界のテレビに流れた。エル・チャポがアルティプラノの刑務所に投獄されている間、彼の弁護士の元にはハリウッドの制作会社からの申し出が殺到した。ドラマチックな逮捕劇、そしておそらく、エル・チャポが厳重監禁されたのは安全な麻薬取引のせいであるという幻想ゆえに、アメリカ人たちは我先に彼のストーリーを語ろうとした。種は蒔かれた。望ましい先行きに目覚めたエル・チャポは自分の計画を立て始めた。彼は自分の人生が映画化されることに興味を持っていた。しかしケイトにしかそれを話さなかった。以前と同じ弁護士が、今度はアメリカでいう映画俳優組合に当たる組織を通じてケイトの居場所を突き止めた。そして投獄された麻薬王とこの女優は手紙とブラックベリーのメッセンジャーでやりとりを始めた。

ケイトがエスピノーザに会ったのはロサンゼルスで行われた社交的な催しだった。エスピノーザが資金源との密接なつながりを持ち、その中には映画製作に出資している者もいることを知り、ケイトはエル・チャポを主人公にした映画を作るパートナーにならないかと彼に持ちかけた。エスピノーザが私たちの共通する同僚であり、友人でもあるエル・アルトを引き入れたのはこのときだ。私は彼らが映画を作りたがっていることはわかったが、ケイトを知らなかったし、このプロジェクトにはまったく関わっていなかった。私たち3人はエル・チャポの弁護士と会い、彼らの提案を仔細に調べた。しかしその結果わかったのは、エル・チャポへの直接のコンタクトは依然として厳しく制限されているということだった。彼らに追跡を認められることは、ハリウッドがエル・チャポと共に、もしくは彼抜きで実現しようとしている“チャポ”プロジェクトを獲得する競争において優位に立つことだったからである。

Translation by Yoko Nagasaka

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