ショーン・ペンが語る:麻薬王エル・チャポとの会談(前編)

SEAN PENN | 2016/01/18 20:00

| 10月2日の筆者ショーン・ペンと当時逃亡犯だったエル・チャポ・グスマン。 |


以下はエル・チャポの始めての独占インタビューのうちの2分間である。



世界最凶の麻薬王が刑務所から脱走するのはこれが2回目である。1回目は13年前だ。彼は洗濯物のカートのシーツの下に隠れてプエンテ・グランデ刑務所から脱走した。10代で麻薬取引に手を染めて以来、彼は組織の階級を駆け上がり、ほとんど伝説的とも言える評判を築き上げた。まず冷酷な現実主義者として。彼は麻薬の出荷に際してミスを犯した者の頭に一発の銃弾を撃ち込むことで知られていた。そしてのちにシナロアカルテルを組織し始めたときには、ロビンフッドとして。彼はシナロアの山岳地帯で極めて必要とされているサービスを提供し、食料から道路、医療援助に至るすべてに資金を提供した。政府の刑務所から2度目の脱走をはかったときには、彼はメキシコの言い伝えにも登場する人物になっていた。

1989年、エル・チャポはティフアナからサンディエゴにかけて国境に沿って初めて地下道を掘った。彼は捕まることなく商品を運ぶためにトンネルを用いた先駆者だ。

刑務所の下には低地に見られる地下水面があった。後から私は知ったが、エル・チャポはこれに対応するのに必要な、さらなる広範囲にわたる訓練を受けさせるために3ヶ月に渡り技術者をドイツに派遣していた。トンネルにはパイプで作ったレールを走るバイクが装備されていた。バイクのエンジンの機能は最小限の酸素しかない空間に合うよう改造され、そのおかげでエル・チャポは独房のシャワー室の床にある穴から降り、このバイクのサドルに跨って自由へと走り出すことができた。私たちと会うことに同意したメキシコの大統領とはこの男のことである。
Translation by Yoko Nagasaka

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