ショーン・ペンが語る:麻薬王エル・チャポとの会談(前編)

10月2日の筆者ショーン・ペンと当時逃亡犯だったエル・チャポ・グスマン。

注記:名前の一部を変え、地名は特定していない。また取材対象者との合意は仲介によるものであり、この記事は公表前に取材対象者に提出されている。対象者はいかなる修正も求めなかった。

“良心の掟は自然から導き出されるというが、それは習慣から生まれる”—ミシェル・ド・モンテーニュ

2015年9月28日、私の頭は泳いでいた。コンタクトする相手ごとにプリペイド携帯を登録して使えるようにし、1日ごとに電話を変え、壊し、燃やし、新しいものを購入する。

暗号化の水準の適切化、ブラックフォンで作成する同じ内容のハードディスク、匿名のメールアドレスたち、下書きトレイにある未送信のメッセージへのアクセス。テクノロジーにまったく疎いひとりの男にとってこれは秘密のホラーショーだ。私は55歳だが、ラップトップコンピューターの使い方を学んだことがない。ラップトップはまだ作られているのか? まったくわからない。現在はニューヨークの午後4時。秋の美しい1日である。通りは外交的な活動、国の元首や国連の当局者、シークレットサービスの選抜部隊、ニューヨーク警察の警告灯やサイレンで騒然としている。その週は国連の総会が行われていた。ローマ法王フランシスコがそれに先駆けてこの街を訪れ、2日前に帰って行った。私は同僚で戦友でもあるエスピノーザとともにセントレジスホテルの私の部屋に座っていた。

エスピノーザと私は何度も共に旅をしてきた。しかし2人とも今私たちが交渉しているような旅をすることは予測できなかった。エスピノーザはハヤブサの中を飛ぶフクロウである。彼は自分が立っているのがスラム街でもジャングルでも戦場であっても、その独特の優雅さ、いたずらっぽい微笑みと控えめな魅力で危機を打開する。頭髪のない彼の頭は、自分のきらめく目に注目するよう相手に要求する。彼は物事に深い興味を持ち、積極的に関与する男だった。私たちは暗号を使って囁く。私の脳と魂をジリジリと焼いていたサイバーテクノロジーからやっと一息つくことができた。私たちはニューヨークの古いホテルの要塞のような壁に囲まれた静けさの中に座っている。壁に取り囲まれているときは、博士号がなくても電話を使うことができた。私たちは同じホテルにメキシコのエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領もいるという奇妙な事実に神経質になりながら、静かに計画を立てる。エスピノーザと私はホテルの外に出る。秋の空気を吸い込み、 5ブロック歩いて日本料理のレストランへと向かう。そこで私たちは同僚のエル・オルト・ガルシアに会うことにしていた。私たちが55ストリートに出ると、歩道にはメキシコ大統領を国連総会に送迎するために武装したSUVが連なっている。彼の特殊部隊の1人が一緒にセルフィーを撮ってくれないかと私に頼んできたのは、まさに奇妙な事実だ。フラッシュが光る。私とイヤフォンをした6フィートのメキシコ人セキュリティ。

フラッシュが光る。なぜこれが奇妙なことなのか? なぜなら今日のメキシコには事実上2人の大統領がいるからだ。2人の大統領のうち、私とエスピノーザがホテルで暗号を使って囁き合い、会う計画を立てていた相手はペーニャ・ニエト大統領ではない。何週間にもわたる秘密の計画を私たちに強いていたのは彼ではない。それは私と同じくらいの年齢の男である。しかし彼は、おそらく私たちに地に足のついた普通の人間としての感覚をもたらすような、人間としての計算をしたことのない人物だった。1964年、4歳の私がアメリカの中産階級だった両親の家の裏庭で、想像上の宝物を見つけようと必要でもないのに地面を掘り返している同じとき、彼は自分の手でペソの偽札を書いていた。もしその金が本物であれば、それは彼と家族が小作農を脱するという夢を叶えるための唯一の方法になったであろう。9歳のとき私がマリブのビーチでサーフィンをしているとき、彼はメキシコのシナロアの人里離れた山岳地帯にあるマリファナとケシの畑で働き始めていた。現在彼は、世界史上最大の国際ドラッグカルテルを組織している。それはパブロ・エスコバルの組織をも超える規模だ。ある一部の推定によると彼はアメリカ合衆国に流入するコカイン、ヘロイン、メタンフェタミン及びマリファナの半分以上を供給している。ホアキン・アルチバルド・グスマン・ロエーラは、エル・チャポ、もしくはショーティーと呼ばれている。わずか2ヶ月前にペーニャ・ニエト政府に恥をかかせ、精巧に作られた何マイルにもわたるトンネルを使って厳重な警備体制を誇るアルティプラノ刑務所から途方もない脱走を成功させ、世界を驚かせたあのエル・チャポ・グスマンである。

Translation by Yoko Nagasaka

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