フォトジャーナリスト広河隆一:チェルノブイリの経験は福島の予習をしているみたい

By Joe Yokomizo 2016/01月号 P106〜107 |
1968年、イスラエル占領下のヘブロンにて。パレスチナ人の女の子 Photographs by Ryuichi Hirokawa
【連載:SAVE HUMANITY】

報道写真誌「DAYS JAPAN」発行人、フォトジャーナリストの広河隆一。戦地、核事故など危険を顧みず第一線に居続ける男が現場から学んだ哲学とは? そして、原発再稼働を許してしまうこの国に今、何を思うのか?


─広河さんを追ったドキュメンタリー映画『広河隆一 人間の戦場』で「手術できるような病院から3時間以上離れた場所に行っちゃだめだと言われた」というシーンがありましたが、体調はいかがですか?

良くはないですね。すごく悪いわけじゃないんですけど。

─いくつも印象的なシーンや発言が あったのですが、なかでも76年のパレスチナでイスラエル軍に子どもを殺された男性に言われた「なんで今頃来たんだ」という言葉は衝撃的でした。

最初に現地へ行ったのは、67年からの3年間でした。帰国後はヒッピーになっていたんですけれど、76年にふとしたきっかけでまた行くことになって。イスラエルには、たくさんのパレスチナ人の村があるんです。彼らの村に行った時に、ある年配の人が僕をつかまえて、涙を流しながら『なんで今頃来たんだ!』と言ってきたんです。僕は何を怒っているのかまったくわからなかった。そして彼は『お前が1カ月前にここに来てくれてたら、俺の息子は殺されずに済んだ』と言ったんです。周りの人に聞いたら、1カ月前に彼の息子さんがイスラエル警察の銃の乱射によって殺された、と。でも、なぜ日本人の僕がいたら助かったのか?外国人のジャーナリストは最高の証言者になるから抑止力が働くんだ、と現地の方に言われました。銃の乱射があったと報道されたら、イスラエルは非常に困る。誰も見る者がいないからそういう残虐なことをやるんだ、と。だから、もしあの時に来てくれてたら息子は殺されずに済んだということなんです。それまで、僕は何か物事が起こったら、それを伝えるのがジャーナリストだと思っていました。だけど、起きてはいけないことを抑止する役割もジャーナリストにはあるんだと、そこで教わったんです。その言葉がずっと頭のなかに残り続けたんですね。その後も.....難民キャンプが封鎖されると、ジャーナリストは排除されます。ということは、見られたら困ることが中で起こってる可能性が高い。だから、ジャーナリストならば危険でも、何としても中へ入っていかなきゃいけないという想いになりましたね
Photographs by Ryuichi Hirokawa

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