日本随一のロック・フォトグラファーが撮ったロックスターたち:ビートルズ、ストーンズ、U2ほか

photo: Koh Hasebe

東京、ロンドンをはじめ世界各地で撮った伝説のロック・スターたちを、長谷部宏と被写体となったアーティストたちが当時を回想。

コー・ハセベこと長谷部宏がロック・フォトグラファーとしてのキャリアをスタートさせた1960年代、「ロック」という言葉は日本に存在しなかった。「ロック・フォトグラファーになろうなんて思ってもいなかったですよ」85歳のフォトグラファーはローリングストーン誌に語った。「私は写真家として行き詰まりを迎えていました。日本にロックが到来して、新しいキャリアが開けたのです」

長谷部は東京生まれの東京育ち。充電のために渡ったパリで、日本の大手出版社の重役と偶然の出会いを果たす。「ロンドンでビートルズを撮影する仕事をオファーされました」と長谷部は回想する。「ビートルズ以降、私に来る仕事はすべてロック・フォトグラフィーになりました。折しも欧米のアーティストが来日するようになったころで、気づいたらツアーの取材で重宝されるようになっていました」

物静かで控えめな長谷部だが、「高校の同窓会で友達にロック・フォトグラファーをしていると言ったら、『へえ。お前、石(ロック)の写真を撮ってるのか』と言われましたよ」と笑い話を披露してくれた。長谷部の記憶に刻まれた苦難の時代、第二次世界大戦の戦禍から復興を始めたばかりの日本に海外のロック・カルチャーがいかになじみのないものであったかを示すエピソードだ。

「まともな人間はロックなんて聴きませんでしたからね」と長谷部は言う。「ですが、反体制派の若者にとって、ロックはビーコンでした。私は若者というには少し年を取りすぎていましたから、ロックというものをより冷静に観察することができました。ですが、一夜にしてロックが日本を変えたわけではありません。今でこそ当時を振り返り、ロックが少しずつではあるが確実に、日本の社会に影響を与えたことがわかるのです」

時代の経過とともに、ロックは封建的な社会に強烈なインパクトを与えることになる。「当時の日本のアーティストは、ボブ・ディランのように、自分で曲を作りませんでした」と長谷部は言う。「アーティストは真の意味で自由に自己表現ができませんでした。自己表現が生まれたのは、60~70年代のことです」

Translation by Naoko Nozawa

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