1954年、日本全土に放射能が降り注いでいた |映画『放射線を浴びたX年後2』監督、伊東英朗インタヴュー後編

By Joe Yokomizo
(C)南海放送
2012年に公開され、ギャラクシー賞 報道活動部門大賞、日本記者クラブ賞特別賞など多くの賞を受賞したドキュメンタリー映画『放射能を浴びたX年後』。1954年のアメリカのビキニ諸島での水爆実験のX年後の驚くべき実態に迫ったこの映画の続編『X年後2』が東京などで公開された。インタヴュー前編“被ばく者のその後”に続き、後編では伊東監督は54年の日本列島被ばくの事実について語り、2011年の福島につながるアクションを呼びかけるに至った。福島で苦しむ方々のためにも監督からメッセージを是非読んでみて、手を貸して欲しい。



―さて、インタヴュー前編では、映画の柱の1つ、アメリカの中部太平洋のマーシャル諸島での核実験によって被ばくしたが、被ばくが実証されないまま亡くなったマグロ漁船員についてお話を伺いましたが、映画ではもう1つ大きな柱、日本列島自体にも放射能が降り注いだ実態に迫っていますね。


『X年後2』ではそこをさらにクローズアップしています。核実験で爆発をさせるとだいたい1週間で放射能がアメリカ大陸を覆うんですね。数値としては日本の5倍程度強い放射能で、アメリカ大陸がまず汚染され、アメリカ人が被ばくします。で、10日から2週間かけて今度は日本側に広がっていき、日本列島も放射能に覆われました。この辺りはパート1で描きました。『X年後2』では、核実験をやっている間、放射能はずっと降り続いたわけで、今も残っているんじゃないの?ということになり……。セシウムやストロンチウムの半減期を考えると、すでに当時の核実験からは60年ほど経っていますが、今も残っているはずで。それで今回、日本大学の野口邦和先生(放射線防護学)の協力を得て、放射線量が高いと言われた沖縄と京都と山形で土壌調査をしました。その3地域で9箇所を調べたうちで放射能が出なかったのは1箇所だけでした。それだけではなく、沖縄に調査に行った時に、沖縄の関係者の方から気象庁の要覧を見せてもらったんです。

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